Ⅷ 嘘から出たまことのお茶会(2)

「やっぱりステキなお部屋! 本国からこちらへ来る際、護送船団の旗艦に乗りましたけれど、そのお船の艦長さんのお部屋よりもこちらの方がステキですわ!」


 イサベリーナが声を弾ませているように、やはりその船長室も海賊船のものらしからぬ、美しい船室へと改修されていた。


 外観同様水色を基調とした塗装が施され、所々、そこはかとなく金銀の飾り金具で装飾されたりなどもしている……これもフォンテーヌの指示による改修だとすれば、彼女はまことにセンスが良い。


 だが、彼女は一つだけ、誤ちを犯していた……。


「なんだかイカツイ顔のお方……こちらはいったいどなたなんですの?」


 オーク材でできた船長席の机の後の壁にかけれた大きな肖像画を眺め、興味深げな様子でイサベリーナが尋ねる。


 髑髏を描いた三角帽トリコーンに紺のジュストコールを身につけ、赤い腰帯にはカットラス(※船乗りや海賊が好む刀身の短いサーベル)と短銃を挟み、燧石フリントロック式のマスケット銃(※火打石で着火する先込め式の小銃)を握った強面の男……フォンテーヌの父親であり、先代メジュッカ一家当主のルシアン・ド・エトワールである。


 イサベリーナを案内する予定はもともとなかったのか? その肖像画を外しておくことをフォンテーヌは忘れていたのである。


 加えて、その絵に描かれている父の形見のカットラスやマスケット銃は脇の壁に飾れており、今は亡き彼を忍ぶためにと三角帽トリコーンまでもが机の上に置かれ、生前、彼の使っていた椅子の背にはジュストコールもかけられている。


「ああ、それは亡くなられたお父さまですわ。ほんとによく描かれいて……まるでお父さまがまだそこにいるようですわね」


 しかも、うっかりしたことにもフォンテーヌは、イサベリーナの質問に対して思わず正直に答えてしまう。


「え? あのセニョール・メジロがあなたのお父さまではないんですの?」


「ハッ! そ、そうでしたわ!」


 その答えに訝しげな顔をしてイサベリーナが訊き返すと、ようやくフォンテーヌは自身の犯した誤ちに気がついた。


「え、ええ、そういうことになってるんですけれども……あ、あの、じつはあの方は叔父さまでして、父の死後、このメジュッ…じゃなかったメジロ家を継いで、わたくしを養女に迎えてくださったんですの。だから今はお父さまなのですわ!」


 誤ちを修正するため、とっさの思いつきでフォンテーヌはそんな言い訳を口にする。


「まあ! そんなご事情がございましたの! 失礼にも立ち入ったことを訊いてしまってごめんなさい……でも、亡くなられたお父さまはずいぶんと迫力のある方だったんですのね。なんというか、まるで海賊のような……」


 下手なその嘘も信じてくれたらしく、逆に人が良くも非礼を詫びるイサベリーナであったが、再び肖像画へ目を向けると今度はまた別のそこはかとない疑問を口にしている。


「……え? あ、あのう……そうですわ! お父さまは海の男として海賊に憧れていたんですの! それで肖像画を描かせる時はこのように海賊みたいな格好を……」


 度重なる窮地に、フォンテーヌはまたしても出まかせで嘘の上塗りをしてしまう。


「へえ…そうだったんですのね……殿方は強くてちょっと悪い者に憧れを持つみたいですものね」


 ああ、大切なお友達にまた嘘を吐いてしまいましたわ……でも、わたくし達が海賊であるとばれたら、それこそイサベリーナさまに絶交されてしまう……罪深きわたくしをどうかお許しになって……。


 その出まかせにもイサベリーナは疑念を抱くことなく、どうやらこの失態による危機はなんとか脱せたらしいが、友人に対する度重なる嘘に、フォンテーヌは苦笑いを浮かべたその顔の下で、内心、そんな裏切り行為を働く自分を激しく責め苛んでいた。


「まあ、そんな殿方のお気持ちもわからなくはないですわね……フォンテーヌさん、あなたには特別、わたくしの秘密を教えてさしあげますわ」


 だが、そうしたフォンテーヌの心の葛藤を知ってか知らずか、イサベリーナは思わぬことを口にし始める。


「じつを申しますと、わたくし、こちらへ来る折に船を海賊に襲われたんですが、その際、ひょんなことからその海賊とお友達になりましたの。マルク・デ・スファラニアという魔導書ばかりを狙う変わった海賊なんですけれど、けっこう有名人みたいですわ。ご存知ありません?」


 そう……このイサベリーナ、例のジョシュア達の船が沈められた海賊襲撃事件において、その事件の首謀者にして、サキュマルに魔導書を卸しているサウロ達〝禁書の秘鍵団〟の頭目である魔術師船長マゴ・カピタンとも親交を深めていたりするのだ。


「ああ、あのマルクさん…あ、い、いえ、新天地では有名な海賊ですもの。わたくしのような者でも聞いたことありますわ」


 彼女の口から出た思わぬ名前に、またボロを出しそうになりながらも誤魔化してフォンテーヌはそう答える。


 無論、トリニティーガー島の海賊…しかも、その海賊の一党の頭であるフォンテーヌがその名を知らぬはずがない。


「ご禁制の魔導書を奪う海賊なんていうので、どれほど恐ろしい人物かと悪魔みたいな姿を想像していましたけれど、意外やわたくし達とあまり変わらないただの男の子でしたわ……ですから、わたくしも海賊にはちょっと親近感が湧きますの。何者にも縛られず、自由気ままに海を行く海賊には……」


「イサベリーナさん……」


 意外なその告白に、心底驚いたフォンテーヌはポカンとその場に立ち尽くしてしまう。エルドラニアの総督令嬢が、海賊のことをそのように思っていようなどとはまったく予想外だった。


「……もしかして、わたくしのことを軽蔑なさいました? 悪逆非道な海賊に親近感が湧くだなんて……」


 思わず正直な気持ちを吐露してしまったが、驚く彼女の反応に誤解をし、おそるおそるフォンテーヌの顔を覗き込みながら、不安そうにイサベリーナはそう尋ねる。


「いいえ。とんでもない! ますますイサベリーナさまのことが大好きになりましたわ! わたくし達、やっぱり最高のお友達になれそうですわね」


 だが、フォンテーヌはこれまでで一番の満面の笑みを浮かべると、嫌われたのかと心配するイサベリーナにそう言って返した。


「フォンテーヌさん……」


 ホっと安心したこともあり、その殺人的な超絶癒しのスマイルに、またしてもイサベリーナな天にも昇るような心待ちでポー…っとなってしまう。


 天真爛漫なイサベリーナと純真無垢なフォンテーヌ……二人は、確かに相性抜群な者同士なのかもしれない。


「では、お返しにわたくしも一つ、秘密をお教えしますわ……じつはわたくし、亡くなったお父さまに習って、少々射撃を嗜みますの」


 さすがに自分も海賊であると明かすことはできなかったが、そう言うとフォンテーヌは壁に飾られていた父のマスケット銃を手にとってみせる。


 海賊には不向きな性格の善良なる淑女として育った彼女であるが、そうした海賊に必要な技術の英才教育は小さい頃より受けていたりする。


「まあ! そうでしたの! それはカッコイイですわね。でも、フォンテーヌさんが銃を撃つところなんて想像できませんわ!」


「そうだ! ここなら他人の迷惑にもなりませんし、わたくしの腕前をお見せしますわ。さ、参りましょう!」


 癒されモードから一転、我に返ると予想以上の食いつきを見せるイサベリーナに、サービス精神に火をつけたフォンテーヌは火薬と弾丸の入った革袋も手にして、彼女を再び甲板へと誘った。

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