Ⅷ 嘘から出たまことのお茶会(1)

「――それにしても、ほんとに美しい浜辺ですわね。こんな場所がサント・ミゲルの近くにあったなんて知りませんでしたわ!」


 ティーカップを片手に真っ白な砂浜の絶景を眺め、イサベリーナは溌剌とした顔で感嘆の声を漏らす。


 カナールがメジュッカ一家のキャラックとジョナタンのキャラベルにたどり着くよりもわずか前のこと……白い入道雲が浮かぶ、よく晴れた青空の下、キャラック船の上甲板に大きな白いパラソルを広げ、その日影にテーブルを出したフォンテーヌとイサベリーナは、海上での優雅なお茶会を楽しんでいた。


 テーブルの上には南国のフルーツを利用したタルトやクレム・ブルュレなど、フランクル王国のお菓子がこれでもかと並んでいる……いずれも料理上手なマユリィが作ったものだ。


「イサベリーナさま、お茶のお代わりは如何ですか?」


 そのマユリィが白い磁器のティーポットを手に、本日は二人の給仕も務めている。


「ええ、いただきますわ。お茶もお菓子もとっても美味しくてよ。景色もいいし、海風も心地いいし、これまで経験した中で一番の、ほんとに素晴らしいお茶会ですわ!」


「いたみいります」


 カップに亜麻色の芳しい液体を注いでもらいながら、そのもてなしを絶賛するイサベリーナにマユリィは静かにお辞儀を返す。


「イサベリーナさまにそう言っていただけると、わたくしも本当にうれしいですわ。マユリィ、わたくしからもお礼を申し上げますわ」


 また、主人のフォンテーヌも眩いいつもの笑みを浮かべ、正直に喜びを表現するとマユリィにも謝意を示す。


「フォンテーヌさん……」


「お嬢さま……」


 その周囲の空間をもキラキラと輝かせる超絶的に可愛らしい彼女の微笑みに、イサベリーナもマユリィも、ともに胸がポカポカと暖かくなってきて、またもや天にも上るような心持ちでなんとも癒されてしまう。


 他方、その心の底よりの笑顔が表す通り、初めてできた自分と同じ年頃の、同じような趣味を持つ女友達との楽しいお茶会に、フォンテーヌ自身も心底、安らぎのひと時を味わっていた。


 じつはこのリアルな・・・・お茶会、当初の計画書にはなかったものだったりもする……。


 本来、ジョシュアの描いた誘拐計画ではただの口実に過ぎず、お茶会と称してイサベリーナを誘い出すだけで、後は身代金の受け渡しが済むまで、縛り上げて船の中に監禁するという乱暴なものであった。


 しかし、「それではあまりにも失礼ですわ! しっかりおもてなしをしないと!」と口出しをするフォンテーヌの介入により、こうして実際にお茶会を催すこととなったのである。


 また、それはおもてなしの精神からばかりでなく、純粋に友達とのお茶会を楽しみたいという、彼女のささやかな願望からのものでもあった。


 イサベリーナ同様フォンテーヌもまた、荒くれ者の海賊達に囲まれた生活の中で、そんな同世代の友人に飢えていたのである。


 ちなみに、同じく本来はただの口実であったジョナタンの船上パーリーの方にしても……。




「――なんてマッチョでワイルドなメンズ達!」


「まさに海のイケメンズパラダイスですわ!」


 いい身体をした半裸の男達に囲まれ、マリアーとジェイヌは歓喜乱舞している。


「ほらあ、遠慮せずにもっとお飲みになってぇ〜」


「デヘヘヘヘ、いやあ、君らの色っぽさにもうすっかり酔っ払っちゃってるよお〜」


 また、露出度高い美女達に接待を受ける衛兵二人も、その色香にすっかり舞い上がってしまっている。


「さあ、今日はこの世の憂さを忘れて、とことんパーリーを楽しもうじゃないか! それじゃあみんな、もう一度、乾杯~い!」


「イェェェェーイ!」


 シビアで計算高い〝詐欺師〟のジョシュアとは違い、元来のパリピであるジョナタンとその手下達がその通りに動くはずもなく、こちらも本当のパーティーになると乱痴気騒ぎを繰り広げている。


 とりあえず誘拐計画の本筋としては一応、順調に進んでいるのだが、その中身はというと、なんだか妙な方向へと傾き始めていた……。




「――そういえば、フォンテーヌさんの故郷はどんな所なんですの?」


 帰ってこちらも誘拐計画のことを忘れている感のある船上のお茶会では、ふと気になったことをなにげなくイサベリーナが尋ねていた。


「え? わたくしの故郷ですか? まあ、このエルドラーニャ島とあまり変わらない感じの所ですが……」


 その質問に、生まれも育ちもおとなりのトリニティーガー島であるフォンテーヌは、思わず設定も忘れて正直に答えてしまう。


「あら、フランドレーンのご出身と聞いておりましたけれど、あちらはエルドラニアよりももっと涼しい気候ではありませんの?」


 するとその返答に、イサベリーナは訝しげに小首を傾げながら再び彼女にそう訊き返した。


「あ! いえ! 違うんですの! 長らく父について南洋を旅していたので、いまや南の国が故郷のように思えてしまっているんですわ!」


 その反応を見て、エルドラニアより北のフランドレーン地方出身という設定を思い出したフォンテーヌは、慌ててそんな出まかせを口に言い訳をしてみせる。


 そうでしたわ……わたくしはフランドレーンの貿易商の娘というお話なんでしたわ……もしも海賊一家の当主なんて知られたら、イサベリーナさまに嫌われてしまう……もっと気をつけて喋らなくてはいけませんわね……。


 そして、勤めてその動揺を表に出さないように気を配りながら、心の中では改めてそう自戒の念を刻むのだった。


「そ、そうですわ! まだ、お船の中をご案内してませんでしたわね。お見せいたしますわ!」


 その失言を誤魔化すようにして、今思いついたというようにフォンテーヌはイサベリーナを船内の部屋見学へと誘う。


「まあ、それは楽しみ! こんな可愛らしいお船なんですもの、きっと中も素晴らしいに違いありませんわね」


 幸いそれにはイサベリーナも興味を示し、二人は甲板上の席を立つと、ガレオンよりもやや小ぶりの、キャラックの船尾楼内にある船長室へと向かった。

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