Ⅶ 探偵の追跡

 クルロス総督に依頼され、誘拐されたイサベリーナの行方を捜索することとなったカナールは、まず最初にサント・ミゲルの街にある辻馬車業者のもとを訪れていた。


 誘拐犯達が普段から豪華な自家用馬車を所有しているとも思えなかったので、だとすれば、どこかで借りたものと考えたのだ。


 すると案の定、ちょうど馬車の整備を行っていたそこの御者の一人が……


「ああ、その客なら俺が乗っけてったよ。総督令嬢さまをお茶会に招待するんだが、相応しい馬車がないとかなんとか言って頼まれたんだ。ほら、さっきまでこいつにいろいろくっ付けて、間に合わせのなんちゃってな高級車にしてたのさ」


 と、隠すこともなく話してくれた。


 見れば、普通に街の連中が利用している辻馬車だが、地面にはさっきまで取り付けられていたらしいハリボテの装飾品がそこここに秩序なく散らばっている。


「で、その連中はどこまで乗せてったんだい?」


「港の埠頭までだよ。使い勝手の悪い端の方のな。水色のやけに綺麗なキャラックと白いキャラベルが泊まってた。どうやらそいつで船遊びと洒落込むらしい。いいねえ、お金持ちの皆さんはよお」


 さらに重ねて尋ねると、その御者は作業の手を止めぬまま、羨ましげにそう答えてくれる。


「なるほど。船か……それなら人目から遠ざけられるし、逃げられる心配もねえ……考えたな」


 御者の言葉に、カナールはむしろ感心するようにして、そう、小さな声で独り言ちた。


「ああ、ありがとよ、おっさん。助かったぜ!」


 そして、御者に礼を言うとすぐさま今度は港へと早足に向かう。


 このカナール、その下品な見た目や言動に反して意外と捜査能力に優れていたりする……。


 もっとも、〝怪奇探偵〟を名乗るように本来は怪奇現象にまつわる事件を専門に扱っており、じつは『シグザンド写本(巻末付録『サアアマアア典儀』付き)』という魔導書を非合法に所持していて、それを用いた魔術で悪霊や魔物を退治することを売りにしている。


 だが、この『シグザンド写本』、魔を退けるのにのみ特化した魔導書で、悪魔の力を用いることにはなんら助けにならないため、その探偵術に関しては純粋に彼自身の持って生まれた能力なのだ。


「――ああ、そのキャラックなら漁から帰って来た時に見かけたぜ。ずいぶん派手な船だったからな。向こうの湾の方へ行ったよ。ほら、白い砂浜のある景色が綺麗なとこだ」


 港に到着したカナールが船乗り達に聞き込みを始めると、すぐに漁船で片付けをしていた漁師のオヤジが、そんな耳寄り情報を教えてくれた。


「そうか! そりゃあいい。教えてもらったついでっちゃあなんだが、俺をその近くまで乗っけてっちゃあくれねえか。礼は弾むぜ?」


 有力な手がかりを掴んだカナールは、クルロスにもらった前金を資金源に、その漁師に船での送迎も頼み込む。だいたいの場所はわかったが、陸路で行くよりは船の方が断然速い。


「ああ、漁も終わったし、金くれるんならかまわないぜ」


「そうこなくっちゃ。んじゃあ、いっちょ頼みまさあ」


 快く引き受けてくれる漁師に調子よく礼を言うと、カナールはさっそくその小船に乗って、水色のキャラックが向かったという風光明媚な湾を目指した。




「――見えた! あれか! 確かに派手な船だな……」


 やがて、サント・ミゲルの港から少し行った所にある、エルドラーニャ島でも開発が進んでおらず、周囲に人家もない地域の沿岸部にカナールは例のキャラック船を見つけた。


 さらにもう一艘、白いキャラベルもわずかに離れてそこには泊まっている。


 そこは切り立った断崖に囲まれた小さな湾となっており、「U」字になった崖の端には打ち寄せた白い砂が長い時の中で溜まり、いわゆる〝シークレットビーチ〟のようになっている……南洋特有の透き通った青い海と眩しいくらいに真っ白な砂浜、それに断崖を覆うこんもりとした緑の熱帯植物とが相まって、まさに人間が追放された天の楽園パライソを彷彿とさせる、なんともいえない絶景のロケーションだ。


「これ以上近づくと気づかれるな……すまねえが、ここらで陸に降ろしてくれ。で、ちょっと待っててくれねえか? すぐに戻るからよ」


 だが、他に人気ひとけもない狭い湾だけに、様子を見に近づけばすぐにバレてしまうし、漁場でもないので漁に来た船とも思ってはくれないだろう。


 下手に犯人を刺激してはイサベリーナに危害を加えられかねない。ここは慎重に動かなくては……。


 カナールは漁師に頼んで近くの岩場に船を寄せてもらうと、そこを伝って誰もいない静かな砂浜へとこっそり忍び込んだ。


 すると、思った通り浜辺からは、先程よりもずいぶんと大きく二艘の船がよく見える。


「ほんとに賊の船とは思えねえ派手さだな。やつらはいったい何もんだ? もう少し近づきてえところだが……」


 だが、さすがに甲板上の様子まで覗えるような距離ではないし、この人影もない砂浜に立っていては目立ってしまって仕方がない。


「お! ちょうどいいもんがあんじゃねえか……」


 と思っていた矢先、偶然、この砂浜に打ち上げられた古いワイン樽をカナールは見つけた。


 早々、彼は樽へと駆け寄ってその影に隠れ、蛇腹状にたたまれた望遠鏡を懐より取り出す。なんかどうか探偵稼業に役立つのではないかと考え、壊れて二足三文で売っていたものを買い求めると、知り合いの闇本屋の老人に修理してもらったものだ。


「さてと、あのおてんばお嬢さんは如何お過ごしでいらっしゃるかな?」


 そして、望遠鏡を伸ばして片目に当てると、樽の影からキャラック船の様子を観察し始めた。

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