Ⅵ 困った時のあの男(2)

「――そいつあ、そのメジロ家ってやつらが犯人っすね。おそらく偽名でしょう。そうやって騙して、まんまとお嬢さまをかっさらったんでさあ。まるで詐欺師みてえなやつらだ」


 それよりまたしばらくの後、執務室にはもう一人、若い男の姿が増えていた。


 総督の前だというのにだらしなくその場に立った彼は、首に巻いた赤いチェックのスカーフを捏ねくり回しながら、生意気にも知った風な口を利く。


 そのスカーフもだが、丈の短い灰色のジュストコール(※ジャケット)にやはり灰色のオー・ド・ショース(※ハーフパンツ)、さらに茶色の巻き毛の頭には灰色の三角帽トリコーンを目深にかぶるという独特のファッションセンスだ。


 また、帽子の下に覗く顔は浅黒い色をしているが、対して瞳は明るい碧色という、どうやら原住民とエウロパ人のハーフらしい、どこか不思議な印象を与える風貌をしている。


「それじゃ、最初からイサベリーナを誘拐するつもりで騙していたというのか!?」


「ええ。そういうことでしょう。なかなか頭のいい連中だ。おまけにずいぶんと手回しがいい。こりゃあ、トウシロウじゃなくプロの仕事っすね」


 驚き聞き返すクルロスに、ようやく納得いく感じにスカーフの巻けた男は、再びその道の第一人者のような風を装ってそう嘯いた。


 その格好も下品な言葉使いも、どうにもこの総督府には似つかわしくなく、彼の方が無法者といわれてもおかしくはないような人物であるが、その男の名はカナール。先程、クルロスとモルディオが話をしていた〝探偵〟である。


 探偵の中でも特に彼は怪奇現象を専門に扱う〝怪奇探偵〟なるものを自称しており、先日、総督府の後押しで建てた高級ホテルに謎の魔物が出るという事件があって、その解決を彼に頼んだという経緯がある。


 ちなみに、その際に偶然会っているため、くだんのイサベリーナとも顔見知りだったりもする。


「で、俺はあのお嬢さまの居所を捜し出しゃあいいわけっすね。ま、本来は怪奇現象専門なんですが、それ相応の報酬さえいただけりゃあ、よろこんでお引き受けいたしやしょう」


 犯人の正体に驚くクルロスとモルディオを他所よそにして、カナールは早々に仕事の話を始める。


「あ、ああ……ただし、イサベリーナの居場所を見つけ、あの子の身の安全を確かめるだけでいい。下手に救出しようなどと考えて、もしものことがあったら大変だからな。あの子が無事に返ってくるなら、身代金を払ってもいいとわしは思っておる」


 いまだ驚きを隠しきれない様子のクルロスであるが、可愛い娘の身を案じている彼は、余計なことまでしそうな勢いの探偵にそう言って念を押す。


「つまりは金だけ持ち逃げされないようにとの保険ってわけっすね。居場所さえわかりゃあ、衛兵隊を差し向けることもできると……ちなみに、身代金はおいくらで?」


「銀貨をワイン樽で1ダースだ」


「樽12杯分の銀貨ぁ!?」


 探偵などやってるだけあって頭はそれなりに回れるらしく、クルロスの意図を汲んですぐさま頷くカナールであったが、続けて身代金の額を訊くと、驚きのその答えに目と口を大きく開けて唖然としてしまう。


「なに、そのくらいならばすぐに用意できる。イサベリーナが無事に帰ってくると思えば安い買い物だ」


「ハァ……さすがは天下のサント・ミゲル総督閣下だ……ま、この怪奇探偵カナールさまが、ハードボイルドにお嬢さまの居所を突き止めてみせますんで、大船に乗ったつもりでちょいと待っていてくださいな」


 平然と、その高額な身代金も大したことないように言うクルロスの言葉に、内心、「これだから金持ちの貴族は…」と大いに呆れながも、カナールは三角帽トリコーンをかぶり直しながら、早々、イサベリーナ捜索に向かうのだった。

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