Ⅴ 偽りのお迎え (2)

 一同がそちらへ目を向ければ、露出度の高い格好の女性達を周囲にはべらせながら、一人の優男やさおとこがこちらへ向かって歩いてくる。


 その両腕を左右の女性の肩に回した、白いシュミーズ(※シャツ)に白いオー・ド・ショース(※膨らんだ半ズボン)、腰帯までもが白という、全身白づくめのちょっとチャラい伊達男――〝白シュミーズ〟の通り名で知られた、じつはトリニティガー島の名だたる海賊の一人、ジョナタン・キャラコムである。


 この〝白シュミーズ〟、やはり先代ルシアンとは親交があり、サキュマルと顔見知りなのはもちろん、フォンテーヌも〝ジョナタンおじさま〟と呼んで懐いていたりと、メジュッカ一家とは何かと縁の深い海賊であったりもするのだ。


「こちら、友人のジョナタンです。お茶会の間、おつきの方々には彼の船の方で酒宴に興じていただければと」


 そう言って紹介するサキュマルの手が示すその先には、フォンテーヌの乗る水色のキャラックの他にもう一艘、真っ白なキャラベル船も停泊している。無論、その塗装の色からもわかる通り、ジョナタンの持ち船だ。


 先頃、〝詐欺師〟のジョシュア同様、ジョナタンも禁書の秘鍵団の企てたエルドラドの護送船団襲撃に参加しており、その際に愛用の〝ジーベック〟という船種の海賊船は沈められてしまったのだが、それよりも小型なこの船も、日頃からパーリーピーポーである彼が遊び用として所有していたものである。


「お嬢さん達、こっちの船で大人な水上パーリーを楽しまないかい? イケてる海のメンズ達も君らの参加を歓迎するよ?」


 ジョナタンは一同の側まで歩いて来るなり、まるでナンパでもするかの如くメイドのマリアーとジェイヌに声をかけてウィンクをする。


「ヒュ〜! ヒュ〜!」


 すると、白いキャラベルの上ではマッチョな若い男達が半裸の格好で酒杯を掲げ、口笛を吹くなど大騒ぎをして彼女達にアピールをしている。


「まあ! 確かにイケメンズ達ですわ!」


「さすが海の男達、みんなイイ体してますわ!」


 それを目にしたマリアーとジェイヌは、一気にテンションをアゲアゲにして歓喜の言葉を口にした。


 この二人、じつは無類の男好きであり、他の使用人達が辺境暮らしを嫌って辞退する中、イサベリーナについてこの新天地に来た理由もワイルドなイケメン漁りのためという筋金入りだ。


「お嬢さま、わたくし達はこちらの船でお待ちしますけど、よろしいですわね?」


「せっかくのおもてなしをお断りしたら無礼にあたりますわ!」


 船上のマッチョな男達――まあ、その素性はジョナタンの手下の海賊なのだが、彼らの存在を認識した二人は即座に振り返って主人のイサベリーナに許可を求める……いや、求めるというよりは、最早、許可されることを前提した形だけの念押しだ。


「ええ。わたくしはのんびりフォンテーヌさんとお茶会を楽しんでいますからぜんぜんかまいませんことよ」


 他方、イサベリーナの方にしても、できることなら邪魔なお付きの者達を周囲から遠ざけ、自由気ままに遊びたいと常日頃から思っているため、その求めには二つ返事で首を縦に振る。


「お兄さん達もこっちに来な〜い?」


「あたし達と一緒に楽しいことしましょうよお」


 また、ジョナタンを取り囲む見目麗しい女性達も、甘えるような猫撫で声で衛兵二人を誘惑する。


 皆、胸元が大きく開き、スベスベの太腿までもが見える丈の短いスカートのドレスを身に着けていたり、乳バンドと腰布だけの土着民の海女のような格好をしていたりと、いずれも露出度の極めて高いセクシーな格好だ。


「い、いや、我々にはお嬢さまの護衛の任務が……」


「お誘いはうれしいが、お嬢さまのお側を離れる訳にはいかぬ……」


 理性の飛んでいる…否、そもそも持ち合わせているかも疑わしいメイド二人とは違い、その誘惑に衛兵達は一応の躊躇を見せるが、艶かしい女性達の姿態にその鼻の下はすでに伸びきっている。


「あら。あなた達も行ってらっしゃい。メジロさまのお船ならなんの心配もいりませんわ」


 そんな揺らぐ男心に追い打ちをかけるかのようにして、イサベリーナも護衛が無用であることを素知らぬ顔で口にする。もちろん、お目付け役を追い払いたいからだ。


「そうですわ。船の上なら賊の侵入する恐れもありませんし、むしろ安全ですわ」


「その通りですわ。駐留艦隊のいるサント・ミゲルの近海なら海賊に襲われることもまずありませんしね」


 主人の言葉を受け、自分達が遊びに行きたいマリアーとジェイヌも、衛兵二人を道連れにしようともっともらしい理屈を捏ねてその背中を押す……よもや、これから乗ろうとしている目の前の船がその海賊のものだとは知る由もない。


「うーん……そう言われてみれば、確かにそうだな……」


「お嬢さまもああ言っていることだし、んじゃあ、俺達も行っちゃおうか?」


 妖艶な女性達に誘惑され、さらには主人や仲間達からも後押しされた衛兵二人は、ついに任務を放棄して牡の本能に従う判断を下した。


 衛兵という立場上、さすがに拒んでみせてはいたが、けして彼らも忠義に厚い仕事人というわけではないのだ。


 こうして男好きなメイドはもとより、甘い誘惑に逆らえぬ衛兵達をイサベリーナから遠ざける仕掛けも、すべてはジョシュアの企てた誘拐計画に沿ったものだ。


 イサベリーナ付きのメイド達や衛兵の性格までをも調べあげていたジョシュアは、彼女達の好みそうなパーリーピーポーとして、メジュッカ一家とも所縁のあるジョナタンを仕込んでおいたのである。


 これで、邪魔なお付きの者達を排除し、ターゲットであるイサベリーナ一人を海上の〝船〟という外界から閉ざされた孤島に隔離・監禁できるという寸法だ。


「それではセニョーラ・イサベリーナ、どうぞこちらへ……本日のお茶会の会場、我ら一家の船、レーヌ・ヤクシマル号となります」


 そうして自らの誘拐計画が進行中であることにも気づかず、フォンテーヌとの再会に胸を弾ませるイサベリーナに慇懃なお辞儀をすると、どう見てもそうは見えない海賊船へとサキュマルは彼女をいざなった。

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