Ⅴ 偽りのお迎え (1)

 さらにそれから数日後のこと……。


 一台の豪華に装飾された屋根付きのキャリッジ(※二頭か四頭で牽く四輪の大型馬車)が、総督府の車寄せ前に停まっていた。


「それでは、ご案内いたしやす……いや、いたします、セニョーラ・イサベリーナ」


 扉を開け放った馬車の傍らには、ジュストコールでおめかしをしたサキュマルが慇懃に頭を下げ、車寄せの下に出てきたイサベリーナを馬車へと誘っている。


 〝詐欺師〟ジョシュアの立てた計画書に則り、偽りの・・・お茶会の準備を細部まで仕込んだサキュマルは、今日という日を決行当日と定めて案内状を送りつけ、いよいよ彼女をお迎えに……否、誘拐に来たのである。


 ちなみにフォンテーヌは会場・・の方で待機しているため、ここへは一緒に来ていない。


「お待ちしておりましたわ。セニョール・メジロ。フォンテーヌさんとのお茶会、とってもとっても楽しみですわ!」


 そんな悪巧みとはつゆ知らず、輝くような笑顔でそう答えるイサベリーナの左右には、黒いお仕着せ・・・・を纏った彼女のメイド、金髪ポニーテールのマリアーと赤髪セミロングのジェイヌが控え、また、ピンクと青の制服に黒いつば広帽と短甲を着けた衛兵も二人、護衛のためについている。


「さ、参りやしょう……ゴホン、ま、参りましょう」


 やはり慣れないお上品な言葉使いに苦慮しながらも、サキュマルはそんなイサベリーナ一行を馬車の客席へとエスコートし、自身は御者のとなりの席へと乗り込む。


「よし、出してくれ」


「ハイっ!」


 そして、彼の合図で御者が馬に鞭打つと、馬車はフォンテーヌの待つお茶会の会場目指してゆっくりと走り出した。


 城塞のような総督府の門を出ると、馬車はそのまま、大勢の人々が行き交うサント・ミゲルの目貫通りを颯爽と走り抜けてゆく……。


 車窓を流れる街の景色は、エルドラニア本国の都市にも遅れをとらない、美しい石造りの、そしてたいそう賑やかなものだ。


「……あら?  なんだか方向が違うようですけれど、山の手のお屋敷街へ行くんじゃないんですの?」


 しかし、その車窓の景色を眺めていたイサベリーナは、馬車の向かう先が予想していたものとは違うことに気づく。


 メジロ家の屋敷は山の手に開発中の新興高級住宅地にあると聞いていたのだが、どうやら馬車は海辺の方へと向かっているらしい……。


「そういわれれば、そうですわね……ちょっとセニョール、道が違うんじゃないですこと?」


「これでは、山の手の住宅街とは反対方向じゃございませんの?」


 イサベリーナの感じた疑問に、御者席側の壁に設けられた小窓を開けて、メイドのマリアーとジェイヌが怪訝な顔で外の御者席に尋ねる。


「いえ、間違っちゃおりやせ…じゃなかった、おりません。なあに、ただのお茶会ではおもしろくありませんからな。行き先は着いてのお楽しみでさあ…もとい、でございますよ」


 だが、御者席のサキュマルは後を振り返ると、貼り付けたような愛想笑いをその人相の悪い顔に浮かべながら、そう答えるだけであった。


 二頭立ての馬の蹄が快適なリズムを刻む馬車は、目貫通りを海側へ向けて疾走すると、やがてその先にある港湾地区へと入ってゆく……だが、商船や漁船でひしめき合う中央の桟橋付近では停車することなく、その前で直角に馬を曲げると、港でも外れの方にある、あまり使い勝手のよくない離れた位置の桟橋でようやくにその車輪を止めた。


「さあ、着きやした…ゴホン、着きましたよ」


 馬車が停車するや、速やかに御者席を降りたサキュマルは扉を開けイサベリーナ達を外へと誘う。


「ここが会場ですの? ……まあ! 可愛らしいお船!」


 サキュマルに手を取られ、タラップを降りたイサベリーナが顔を上げると、目の前には一艘の美しいキャラック船が停泊していた。


 キャラックは、現在、大型船の主流であるガレオンの旧式の型であるが、通常は無骨な焦げ茶色をしている船体には水色を基調とした塗装が施され、運搬目的の船とは思えない、なんとも優美な容姿を見せている。


「マドモワゼル・イサベリーナ〜! ようこそおいでくださいましたわ〜!」


 その、けして下卑た豪華さではない、センスの良い瀟洒な船体をイサベリーナが見上げれば、船縁に姿を現したフォンテーヌが満面の笑みを浮かべてこちらに手を振っている。


「フォンテーヌさん! 今日はお招きありがとうございますわ! この日をどれほど楽しみにしていたことか……もしかして、会場はこのお船ですの?」


 フォンテーヌの姿を目にしたイサベリーナもパっと顔色を明るくし、挨拶を返すとともに彼女達の準備したその趣向を察する。


「はい! 今回のお茶会はこのうちの船・・・・で、景色の良い湾を巡りながらにしたいと思いますの」


 その問いに、さらにキラキラと周囲の空間までをも煌かせる笑顔を見せながら、イサベリーナの推測通りの答えをフォンテーヌは返した。


 このキャラック船、こんな不似合いな外観をしてはいるが、彼女の言葉通り、じつはメジュッカ一家の海賊船であり、サキュマルの魔導書密輸もこの積載能力に優れた船で行われている……。


 いや、なにも一家の海賊船が元からこんなだった訳ではない。先代ルシアンの頃はもっと海賊然りとした荒々しい見てくれをしていた。しかし、ルシアンが亡くなりフォンテーヌが当主となると、「もっと可愛くしてあげないとお船がかわいそうですわ」という彼女の主義主張と趣味趣向により、こんなオシャレ海賊船に改修されてしまった次第である。


「それは素晴らしい思いつきですわ! こんなお茶会へのご招待、初めてでしてよ!」


「おつきの皆様にもまた違った楽しみをご用意しております。皆様はお茶よりもこっちの方がようござんしょう…いや、ようございましょう?」


 その趣向に早くも感動しているイサベリーナの傍ら、続いて馬車を降りたメイドや護衛の衛兵達に、グラスを傾ける仕草を見せながらサキュマルは尋ねる。


「いや〜皆さん、ようこそ。今日は絶好のクルージング日和ですよ」


 とちょうどそこへ、桟橋の向こうの方からそんな男の声が聞こえてきた。

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