Ⅲ 詐欺師の悪だくみ(2)

「――という訳で、以上がジョシュアの旦那が立てた総督令嬢誘拐計画だ。俺は思い切って、この話に乗ってみようと思う……」


 ジョシュアを丁重に玄関で見送った後、サキュマルは残り少ない一家の手下達を倉庫内に集め、フォンテーヌには気づかれないよう、密かに誘拐計画のことを打ち明けていた。


 悩みに悩んだ末、けっきょくは詐欺師の口車に乗ってみることにしたのだ。


「すべてはメジュッカ一家とフォンテーヌお嬢さまのためだ。みんなもそう思って力を貸してくれ」


 一番の古株であるサキュマルは悪事の計画書を手に、集まった家族ファミリー達を前にして先代になり代わるかの如く頼み込む。


 今、この場には彼とマユリィの他、イコ、マシャ、メェというチンピラのような若いのが三人だけいる……先刻、サウロの持って来た荷物を倉庫に運んでいたのもこの者達だ。


 皆、小汚い船乗りのような似たり寄ったりの格好であるが、イコは痩せ型のバリバリリーゼントのツッパリ、マシャは背が高く、一見、イケメンみたいに見えるもそれを少し残念にした感じの顔立ち、メェは小柄でずんぐりムックリの、カニのような顔をしたお団子おさげ男である。


「水くせえぜ、サキュマルの兄貴」


「そうっすよ。お嬢のためなら喜んでやらせてもらいまさあ」


「ていうか、ようやく海賊らしいことができてありがてえくれえだ。やるのはいつっすか? 明日っすか?」


 サキュマルの言葉に、三人は反対するどころかむしろ積極的に賛同の意を各々に表明する。


 まあ、これといって特に取り柄もないし、はっきり言ってモブ的なキャラではあるのだが、いずれも浮浪児だったところを先代ルシアンに拾われ、少なからず恩義を感じて一家に残った者達なので、サキュマル同様、メジュッカとフォンテーヌへの忠義心は意外と厚いのだ。


「しかし、お嬢さまにはけして気取られないよう、慎重に事を進めなくてはいけませんね。もしお知りになられたりなどしたら、それこそどのようなことになるか……」


 残る一人、マユリィもこの計画には賛成のようであったが、メガネの下に渋い顔を浮かべて最大の懸念事項を口にする。


「ああ、俺もそこだけが気がかりだ。だからこうして、お嬢さまが滅多に来ねえ倉庫で相談することにしたんだしな……」


 その懸念にサキュマルも大きく頷き、そう答えたその時だった。


「わたくしに聞かれたくない内緒のお話でもございますの?」


 不意に、そんなおっとりとした聞き憶えのある声が聞こえた。


「お、お嬢さま……」


 その声にサキュマルはじめ皆がそちらを振り向くと、そこには予想外にも、そして、最悪な事態にもフォンテーヌの姿があった。


「お嬢さま、なぜ、ここに……」


 絶対にここならば安全だと思い込んでいたサキュマルは、このありえない状況を前に思わず尋ねてしまう。


「いつもあなた達ばかりに仕事を任せきりにしているので、何かわたくしにも手伝えることはないかと覗いてみたのですが……サキュマル、やっぱりあなた、何か悪いことをなさっているのではないでしょうね?」


「い、いえ、そのようなことは……け、けして……」


 キリッと細い眉を吊り上げて詰問するフォンテーヌに、たじろぐサキュマルはしどろもどろに答えながら、思わず手にしていた計画書を背後に隠してしまう。


「それはなんですの? ちょっと見せてごらんなさい 」


 無論、その下手クソな隠し方にますますフォンテーヌは疑ぐりを深め、つかつか近づいて来ると可愛らしくも険しい顔でさらに詰め寄る。


「な、なんでもございません……た、ただの納品書です……」


「サキュマル! お見せなさい!」


 加えて言い訳も下手クソなサキュマルに、普段は穏やかな声をフォンテーヌは荒げた。


「は、はい……」


 主人に詰め寄られ、その純真で真っ直ぐな瞳に逆らうことのできないサキュマルは、背中の後に隠したものをおそるおそるその前へと差し出す。


「やっぱり納品書ではないみたいですわね。どなたかからのお手紙ですの? ……っ!? まあ! これは……」


 その羊皮紙を手に取り、最初は手紙か何かだと誤解するフォンテーヌだったが、そこに書かれていた文字を読み進める内に、それがただの手紙などどはなく、もっと恐ろしい犯罪の計画書であることに気づく。


「これはいったいなんですの!? サキュマル! あなた達はなんと非道な行いに手を染めようとしているのです!? ああ、わたくしは悲しいですわ! 悲しくて死んでしまいそうです!」


 みるみる血の気の失せた顔になっていくフォンテーヌは眼にいっぱいの涙を浮かべながら、驚きと怒り、それに悲壮のない交ぜになった表情でサキュマル達を責め立てる。


「お、お嬢さま……」


 そのいつにない激昂ぶりに一堂は唖然とその場に立ち尽くし、サキュマルもただおろおろと狼狽うろたえるばかりである。


「いえ、むしろこの一家の当主として、死んで神に謝罪したいですわ! サキュマル、わたくしを殺してください! このような大罪にわたくしはもう一時も耐えられませんわ!」


「も、申し訳ありませんお嬢さま! すべての罪はこのサキュマルにありやす! 神様に死して詫び入れるんでしたら、 あっしが腹切ってケジメつけやす! だから、どうかそんな悲しいことはおっしゃらねえでくだせえ!」


 さらには泣きじゃくり、大仰な身振りで悲痛な訴えをするフォンテーヌの剣幕に、少々大袈裟すぎるとは思いながらも、居たたまれなくなったサキュマルは土下座する勢いで彼女に謝罪をする。


「ですが、聞いてくだせえ! これはメジュッカ一家を立て直すためのやむをえねえ判断なんです!」


 だが、サキュマルはただ謝るばかりでなく、ここへきて敬愛するフォンテーヌに悪事がすべて露見するに至ると、ついに感情極まって正直なところを告白してしまう。


「お嬢さまには心配かけめえと黙っておりやしたが、このまんまじゃ遅かれ早かれ、うちは破産しちまう運命にありやす。先代に後を託された〝メジュッカ〟の名を途絶えさせ、お嬢さまを露頭に迷わすようなことにでもなったら……あっしこそ死んでも死にきれねえ!」


「サキュマル……」


 すると、珍しくも激昂し、ヒステリックに喚き散らすフォンテーヌではあったものの、やはりいつになく心情を吐露するサキュマルの姿を前にして、彼女も驚きを覚えるとともに思わず彼にほだされてしまった。


「あなたが一家を思う気持ちはよくわかりました。わたくしこそ、みだりに取り乱したりなどしてごめんなさい……メジュッカ一家の現当主として、その罪、わたくしも一緒に背負わせていただきます……」


「お、お嬢さま……それじゃあ……」


 普段の冷静さを取り戻し、逆に謝罪の意を示すフォンテーヌの言葉を耳にすると、サキュマルは強張った顔をにわかに緩め、呆然と見守る他の者達同様、ようやく彼女もわかってくれたものと思い込む……。


「わかりました……サキュマル、それに皆さん、その誘拐計画、わたくしも積極的に参加させてもらいますわ」


「………………はあ!?」


 しかし、またしても予想を裏切るとんでもないことを言い出すフォンテーヌに、一同は唖然と口を開き、呆けた声を倉庫内に響かせるのだった。

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