Ⅲ 詐欺師の悪だくみ(1)

「――ええ!? 総督のご令嬢を誘拐するんですかい!?」


 サウロが帰ってからしばらく後のこと。サキュマルは屋敷の応接間で驚きの声をあげていた。


「ああ。この海域で一、二を争う大金持ちで、確実に即金用意できるとなりゃあ、サント・ミゲル総督さまだろうからな。おまけにこの前着任した新総督のクルロス・デ・オバンデスには目に入れても痛くねえ愛娘のイサベリーナという弱点がある。ここを突かねえ手はねえだろう」


 サキュマルの目の前では高価な革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、まるでこの家の主であるかの如くゆったりと脚を組むジョシュア・ホークヤードが偉そうに嘯いている。


 ジョシュアがこのメジュッカ一家の邸宅を訪れた理由……それは、サキュマルに頼まれ、犯罪のコンサルタントをするためである。


 じつはサキュマル、魔導書の密輸だけではまだまだ家計がギリギリの状態であるため、メジュッカ一家の起死回生を狙い、海賊仲間の内でも知能犯として悪名高い、この〝詐欺師〟に相談を持ちかけていたのだった。


「し、しかし、相手がエルドラニアの総督となると、身辺警護も厳重だろうし、かなりの兵力が必要になるんじゃあ……」


「なあに、なにも正面切ってケンカしようってんじゃねえ。別に襲撃してかっさらわなくとも、騙しすかして誘い出しゃあいいだけのことだ」


 大物すぎる相手の名前を聞き、当然、驚きとともに躊躇いを見せるサキュマルであったが、ジョシュアはデカイ態度を改めぬまま自信満々にそう答える。


「こいつがその計画書だ。総督のご令嬢がホイホイついて来そうないい餌・・・も調べはついてる。加えて警護やおつきのやつらを遠ざけるための方法もな。所詮は世間知らずの貴族とその娘。騙すなんざ造作もねえことだぜ」


 そして、ペラペラとよく回る口で話を続けながら、一枚の巻いて紐で縛った羊皮紙を投げるようにサキュマルへ手渡した。


「……なるほど。さすがはジョシュアの旦那だ。しかし、総督令嬢の誘拐というのはさすがにちょっと……フォンテーヌお嬢さまにもしバレでもしたら……」


 その羊皮紙を開き、計画に目を通すなり感心するサキュマルであったが、今度はまた違う理由・・・・・・から、やはりこの話には躊躇いを見せる。


 魔導書の密輸ですら内緒にしているのだ。もし誘拐などに手を染めたと知られれば、フォンテーヌがどんな思いをすることか……いや、彼女が悲しむばかりでなく、きっと自分は一家を追い出されてしまうことだろう……。


「おいおいおい、かの大海賊メジュッカ一家の若頭がなに弱腰になってんだよ? 〝人斬りテュアー〟の異名で知られたシモン・サキュマルの名が泣くぜ。かつてのサキュマルって男だったら、もっと非道な悪事でも躊躇なく嬉々としてやったはずだぜ?」


 だが、そんなすっかり丸くなってしまったサキュマルを呆れ果てた様子で片眼鏡越しに眺め、挑発するかのようにジョシュアは言う。


「それとも、このまま歴史あるメジュッカ一家を解散の憂き目に合わせてもいいっていうのか? 善良な現ご当主のお嬢さまに気を遣うのはいいが、そのお嬢さまが路頭に迷うことになったら本末転倒だろう? 可愛いいお嬢さまが食うや食わずの貧乏暮らしの挙句、場末の娼館に身売りするような姿なんか見たかねえよなあ?」


「そ、それは……フォンテーヌお嬢さまにそのようなご苦労をさせるようなことは……」


 さらにジョシュアはサキュマル最大の弱点を突き、たたみかけるようにうまいこと彼を言い含めようとする。その舌先三寸の口の上手さはまさに〝詐欺師〟の通り名に相応しい。


「やるかやらないかはあんたの心一つだ。莫大な身代金を手に入れて一家を再興するか? それとも、このまま資産を目減りさせて、メジュッカの名も、それにお嬢さまの名誉も地におとしめるかはな……ま、俺はどっちでもかまわねえぜ。成功した場合には30%の分け前っていう契約さえ守ってもらえりゃあそれでいい」


 彼女の心情を重んじるか? それとも現実的な将来を考えるか? フォンテーヌへの忠義心ゆえに悩み苦しむサキュマルに対して、さらにジョシュアは他人事のようにそう付け加える。


 この総督令嬢身代金誘拐計画、ジョシュアは計画を立てて指導をするだけであり、実行するとしたらサキュマル達メジュッカ一家の者のみという契約なのだ。


 つまり、成功すれば自分は苦もなく分け前を得られ、失敗したとしても自分は痛くも痒くもないという、よくよく考えればなんとも姑息でずる賢い、ジョシュアにばかり有利な条件だったりする……さすがは詐欺師。


「もっとも、あの新総督には俺も少々貸し・・があるんでな。だからこうして、わざわざあんたらのために知恵を絞ってやったってわけだ」


 また、「親切心から仕方なく協力してやってる…」みたいな押し付けがましい言い方をしているが、その実、今のふとした呟きの端に現れていたように、ジョシュアはきわめて私的な理由からこの総督令嬢誘拐計画を立てたような感もある……。


 じつは、例のジョシュアら大物海賊達の船が軒並み沈められたあの一件、その時襲ったエルドラニアの護送船団には新総督としてサント・ミゲルに着任するクルロス・デ・オバンデスと、さらにはこの誘拐計画のまさにターゲット――娘のイサベリーナ嬢も乗っていたという因縁があったりするのである。


「……さてと。話は終わりだ。ま、よくよく考えて決めることだな。お嬢さまとメジュッカ一家のために良い選択をすることを祈ってるぜ」


 だが、そんなことはおくびにも出さず、あくまで「俺はどっちでもかまわねえ」感を醸し出しつつ、ジョシュアは最後にそう念押しをすると、ふかふかのソファから沈めた腰をあげた――。

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