第20話 対決

 高利貸し商、リカルド・オレンブルクの店は、大通り沿いの四階建ての建物だった。

 この街には珍しく、コンクリートの建物である。周囲が煉瓦や石造りの建物ばかりであるため、かなり異質な感じがする。

 玄関の上に黄金色のプレートが掛けられていて、「オレンブルク金融」と浮き彫りがなされていた。悪趣味、とロードは吐き捨てるように呟いた。

 玄関のガラス戸を押し開き、受付でリカルドとの面会を申し出る。受付の女性は備え付けの電話で二言三言リカルドと話した後、ロビーでしばらく待つようにと、ロードたちを促した。

 派手なシャンデリアの下がった豪奢なロビーの長椅子に、二人は並んで腰掛けた。

 高利貸しっていうのは儲かるものなんだな、と、ロードは皮肉っぽく思う。

 二十分ばかりして、受付が二人を呼び、二階の社長室に行くようにと指示した。

 奥の階段を上がって左に折れ、突き当りが社長室であった。

 木目の美しい大きな扉を開けると、毛足の長い絨毯の敷かれた、贅沢な部屋が目の前に広がった。奥に執務用の大きな机があり、その向こうに一人の男性が、革張りの肘掛椅子にゆったりと腰掛けていた。

 でっぷりと太った、中年の男だ。白髪の混じった髪は、もう薄い。小さな瞳が打算的に光っており、この男の肥満は他人の富を吸い上げてできたものだと思わせるような雰囲気を、全身に漂わせている。

 この男が、リカルドだ。彼の脇には、背の高い黒服の男が直立不動で立っていた。まったく表情というものを感じさせない顔立ちは、冷酷な刺客を思わせる。

 リカルドの瞳はカレリアの姿を認めると、狡猾にきらめいた。

「ピーターの娘さんだね。今度のことは残念だった。私も胸を痛めているよ」

 悲しげな表情を装って、リカルドは言う。カレリアは、一応は棺桶の礼を言って頭を下げたが、リカルドの偽りの悲しみには気づいているようだった。

 ロードは、激しい嫌悪を感じた。

 この男が、ピーターを殺した。そう思うと、憎悪の炎が胸の中を駆け巡る。

 もちろん、この男が殺したという証拠はない。だが、ロードには確信があった。だからこそ、警察にも知らせず、直接ここに赴いたのだ。

 警察は、確たる証拠がない限り動かない。相手がリカルドのように、街の有力者ならばなおのことだ。だったら、自分たちで片を付けるしかない。ロードはそう考えていた。

「そちらの少年は?」

 リカルドが尋ねると、カレリアは自分の従兄だと答えた。

「そうか。身内がいたとは、結構。私としては、万が一の場合、君には施設に入ってもらうつもりだったのだがね」

 リカルドは悠然と葉巻に火を付けた。

「こちらとしても、できれば家を差し押さえるようなことはしたくなかったのだが、これも契約だ。それに、貸した金が返ってこないとなると、何かそれに相当するものを頂かなければ、こちらの財政が苦しくなるのでね」

 嘘だ。ロードは心の中で呟いた。

 本当に財政が苦しいのなら、こんな贅沢な店舗を構えているはずがない。リカルドは以前から、カレリアの牧場を狙っていたのだ。おそらく、家にカレリアがいないのを知って、絶好の機会とばかりにピーターを殺したのだろう。殺人は、まず誰にも目撃されないことが何よりの条件なのだから。

 こんな、偽りの言い訳など聞きたくない。そう思ったロードは、単刀直入に言った。

「あなたが殺したんだ」

 その台詞に、カレリアすらも驚いた。カレリアには、ここへ来る途中で自分の考えを話しておいたのだが、ロードの切り出しがあまりに唐突すぎたのだろう。

 しばしの、沈黙。その時リカルドの顔色が微かに変わったのを、ロードは見逃さなかった。

 やっぱり。ロードはますます憎悪を膨らませた。

「何だね、君は。突然、何を言い出すのだね」

 リカルドは、冷静を保とうと必死だった。

「あなたが殺したって言ったんだ。牧場を狙って、ピーターさんを殺したんだ!」

「何を証拠に、そんな」

 馬鹿げたことを。リカルドがそう続けようとするが、ロードは、

「毒が見つかった」

と、ぴしゃりと言い放ち、リカルドの台詞を遮った。

 この言葉がまた、ほんの一瞬、リカルドを青ざめさせる。

「毒…だと?」

 必死に平静さを装うリカルド。ロードは続けた。

「スプーン一杯の量で、人間の体内器官を急激に活性化させる薬だ。臓器が弱っている人にそれを使えば、逆に発作を起こして死に至らしめることができる。それが、ピーターさんの唇にほんの少しこびりついていたんだ」

「…君に、薬のことがわかるのかね?」

 馬鹿にしたような口調。

 こんな子供に、何がわかる。そう言いたげだった。

「探偵ごっこなら、よそでやってくれないかね。私が毒を持ってピーターを殺したなど…面白い発想ではあるが、少したちが悪いな。おおかた君が見つけたのは、彼がいつも飲んでいた薬だろう。身内が亡くなったことを悲しむ気持ちはわかるが、むやみに人を疑うのはよくない」

 そう言ってリカルドは、葉巻をふかした。始めこそ動揺したものの、すぐにポーカーフェイスを保てるあたり、さすがではある。

 だが、ロードも負けてはいなかった。不敵な笑みを浮かべたかと思うと、

「薬の名を言ってあげましょうか。確か…KSI-6」

 その瞬間、今度こそ明らかに、リカルドは狼狽した。脇に立つ無表情の男までが、わずかながら動揺した素振りを見せた。

「闇のドラッグマーケットで出回っている違法薬物ですよ。臓器や筋肉を活性化して、一時的に超人的な力を発揮することができるっていう、いわば増強剤だ。健康な人になら大して害はないけれど、病人には刺激が強すぎる。あなたはこれを使って、無理に発作を起こさせたんだ!」

 リカルドは、驚愕の色を隠せない様子だった。まさか、こんな子供に見破られるとは思ってもいなかったのである。

「発作で死亡したのなら、病死と診断されて解剖は行われない。あなたにとっては、まさに好都合ってわけだ」

「な、何を言うか! 仮にピーターが誰かに殺されたとして、私が犯人だという証拠でもあるのか!」

「他に考えられないんだよ。ピーターさんは、誰かから恨みを買うような人じゃない。それに対してあなたは、以前からピーターさんの牧場を狙っていた。動機としては、充分すぎやしませんか?」

「し、知らんね。あの家は、担保だ。借金が返せなければ、差し押さえるのが当然の権利というものだろう。そういう契約だったのだからな」

 リカルドは、そう言いながら脇の男に顎で合図した。

 黒服の男は、ずいと一歩踏み出す。無表情ではあったが、少なくとも友好を求めているような雰囲気ではない。むしろ、わずかながら殺気を感じる。

 ロードは、カレリアを自分の背後に庇った。

「これ以上、子供の戯言に付き合ってはいられない。私も、暇じゃないんでね」

「だったら、どうだっていうんだ」

「君に警察に、あることないこと喋ってもらっては困るのだ。この商売は、信用が第一なのでね」

「闇のドラッグマーケットとの繋がりのことだろ?」

 ロードの言葉は的を射ていた。だが、今度はリカルドも落ち着き払っていた。

「聡明な少年だな。その通り。そんな噂が立てば、我々としても商売がやりにくくなる。それでは困るんだよ」

「いつかはバレるさ。事実なんだから」

「それはどうかな? 今のところ疑いを持っているのは、君たちだけだ。その君たちがいなくなれば、秘密は永遠に守られる」

「僕たちを殺す気なんだな…」

 ロードは、ありったけの侮蔑を込めた目でリカルドを睨み付けた。

「つまりは、口封じってわけだ」

 それは同時に、リカルドが闇のドラッグマーケットと繋がっていること、ひいてはピーターの殺害をも認めていた。

 黒服の男が、懐から拳銃を取り出す。今時珍しい、弾丸式の銃だ。その銃口には、消音装置がつけられている。

「逃げようとしても無駄だよ。入口の扉は、電子ロックで鍵を掛けてある。開けられるのは、この私だけということだ」

 勝ち誇ったような、リカルドの嘲笑。ロードの心に、かつてないほどの怒りが湧きあがった。

 私利私欲のために、人を殺す。そんな不条理なことが、あっていいはずがない。

 ピーターは病身で、働くことができない。だからこそ、カレリアはウェックスフォルト城に赴いて、財宝を手にして帰って来たのだ。生き続けるために、幸せになるために。そして、今日が幸せな日々の幕開けになるはずだったのに…!

 ロードは、腰の後ろに隠しておいたナイフの柄を握った。

 他人の命を踏み台にして生きる命。義父バイ・ザーンの言葉だが、今まさにロードは、その命を持つ人間に直面しているのである。

 目の前にいる、この脂肪を蓄えた男こそ、バイの言う二つ目の命なのだと、ロードは悟った。

「殺れ」

 リカルドが命令する。黒服の男は無表情に、銃口をロードたちに向けた。

 だが、銃弾は放たれなかった。黒服の男が引き金を引く直前、ロードが腰のナイフを投げつけたのだ。それは狙い違わず、男の右手の甲に突き刺さる。黒服の刺客は呻いて、思わず拳銃を取り落とした。

 その隙を突いて、ロードは駆け出す。絨毯の上に転がった拳銃を引っ掴むと、そのまま床の上で一回転して立ち上がる。そこは、リカルドの目の前だった。

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