第16話 魔性の血の真実
教徒たちが棒を振りかざし、ロードたちに迫る。アウランはカッと目を見開くと、その『力』で五人に衝撃波をぶつけた。ごく弱いものだったが、教徒たちが尻餅をつくには充分な威力である。
教徒たちが体勢を立て直す前に、二人は全力で走り出した。
神像が飾られているステージを降りて、正面の扉に向かう。だがその時、一人の教徒が転んだ体勢のまま棒を突き出した。それは二人の足元をすくい、ロードとアウランは床に突っ伏してしまう。その拍子に、ロードの腕の中から剣がこぼれた。
「しまった!」
急いで剣を拾おうとする神父。ロードは右手を軸にして身体を回転させ、神父の脚を蹴りつけた。神父は思わずその場にひっくり返る。五人掛けの長椅子が、けたたましい音を立てて倒れた。
その隙に、ロードは剣に手を伸ばす。だがその手は、木の棒に上から押さえつけられた。痛みに顔を歪めながら上を見ると、不敵な笑みを浮かべたクスィ教徒の若者が立ち、ロードを見下ろしていた。
「観念するんだな、この…」
盗人、と言おうとしたのだろうが、彼はそれを口にする前に、アウランの放った衝撃波によって吹き飛ばされていた。
大急ぎで剣を抱えるロード。見ると、アウランの周りで二人のクスィ教徒が倒れていた。
「大丈夫。気を失っているだけだよ」
アウランは、苦々しく言った。やはり、人を傷つけるために『力』を使うのは、気分のいいことではないのだろう。それがたとえ、正当な理由を持っていたとしても。ロードにも、その気持ちはよくわかった。
「ま…魔性の者…!」
初老の神父は、声を震わせていた。腰が抜けたらしい。
残った二人のクスィ教徒も、アウランの尋常ならざる力に恐れおののいた。
「そうだよ、神父様。僕は、『魔』と交わった一族の末裔さ」
悲しげにそう言って、アウランは礼拝堂の正面玄関に向かった。
「じゃあ、借りていきます」
ロードは一応神父に頭を下げてから、アウランの後を追った。
それを見て、神父が慌てて叫ぶ。
「な、何をしている! あやつらを止めろ! 魔性の者を逃がすでない! クスィ教の教えを忘れたか!」
穢れた血を持つ異端は、排除せよ。それが、クスィ教の教えである。
二人の教徒は弾かれたように駆け出すと、ロードとアウランの前に立ちはだかった。木の棒を捨て、懐から短剣を取り出す。
本性が出たな。アウランは冷笑した。クスィ教では刃物の使用を禁じてはいるが、異端が相手となると話は別。そんなところだろう。
奇声を上げて、二人の教徒はロードとアウランに、一人ずつ切りかかってきた。
アウランは衝撃波で相手を吹き飛ばし、ロードは素早く身をかわして短剣に空を切らせると、右脚を振り上げて教徒の鳩尾を一打する。まだ若い教徒は、腹を押さえて
呻きながら立ち上がろうとする二人の教徒の首筋に、アウランが手刀を浴びせた。二人のクスィ教徒は、再び呻いてから気を失う。
「あ…あわわ…」
床にへたり込んだままの神父は、恐怖で口許がひきつっていた。
「では、失礼します、神父様」
アウランはごく穏やかに一礼すると、礼拝堂の扉を開け、外に出た。ロードももう一度神父に頭を下げてから、それに続く。
二人が出て行った後、礼拝堂には静寂が戻ってきた。遅ればせながら、神父も気を失ったのである。
もちろん、アウランが直接そうさせたのではない。
剣を手に入れたロードとアウランは、朝靄の中を歩いていた。
これから、ウェックスフォルト城に向かう。そのために、街を出るところだった。
街には、夜が明けたばかりなので人気がなかった。だから、ロードとアウランは堂々と街の中央通りを進んでいる。
ハロルドの剣は、布を巻いて隠してある。アウランはロードの持つそれを見て、ぽつりと呟いた。
「皮肉なものだ…」
「え、何です?」
「昔、クスィ教の神父が使った霊力はね、もともとは僕たちの『力』と同じものだったんだ」
「えっ…?」
ロードが双眸を見開く。神父の霊力は、神より賜ったもの。クスィ教ではそう主張していると、ロードはアウランから聞いていた。
それが、アウランの『力』と根源が同じだというのか。力の性質が反発しあうがゆえに、アウランは霊力の宿ったこの剣に触れられもしなかったというのに。
「僕たちの先祖は、遥か昔に『魔』という存在と交わり、『力』を得た。でも、『魔』自体に善悪はなかったんだ。それを分けたのは、人間だよ」
「じゃあ、神父の霊力っていうのは…」
「魔性の力が変質したものさ。もともとクスィ教団は、魔性の血を得た大家族から成り立っていたんだ。その魔性の力は、信仰という要素を得て霊力となった。そして、自分たちが持つ力が魔性のものであること、自分たちに魔性の血が流れていることを隠すために、異端狩りを行ったんだ。自分たちは魔性とは違う。そう主張するためにね」
「そんな…そんなの、自分勝手じゃないですか!」
ロードは思わず声を上げる。
「自分たちの地位を上げるために、同じ血を持つ人間を殺すなんて!」
「そうだね。だから、皮肉なんだ。国を挙げて行われた異端狩りは、表向きはこの世界から悪魔の干渉を振り払うためだった。けれど、その本質は利己的な、同族殺しだった」
アウランは、悲しそうに言う。
「ルナールも、その犠牲者なんだ…」
「そんな…そんなことが…」
宗教とは、人類を平和へと導くために、正義を貫くものではなかったのか。
憎しみの対象を同族に向けさせ、人々の信仰を得る。自分たちは魔性の者とは違う。神より偉大な霊力を賜った、神聖な教団なのだと主張するために。
「それが、人間の愚かさなんだよ…」
アウランが言う。
「人間は、誰しも心の中に利己心を持っている。それを完全に制御することができない限り、人類の調和なんて不可能だ。そして、今の人間にそういう力はない…」
「そうですね…」
利己心は自分の心にもある、とロードは思った。ロードは自分たちが助かりたい一心で、罪もない熊を死に追いやった。つい先刻はカレリアという一人の娘を助けるために、教会の聖遺物を盗み出してきた。これらを他人が見たら、利己的な行為だと言うに違いない。
でも、それでも。
それでも、ロードはカレリアを助けたかったのだ。償いが必要なら、後でいくらでもしよう。だから…今は。
「でもね」
ロードの肩に、アウランが手を置いた。
「希望はないこともないよ。君のように、自分の愚かさを素直に認めて、反省できる人間が増えれば、いつか人はわかりあえる。僕は、そう信じてるよ」
アウランは、暖かい笑みを浮かべた。
三百年以上も生きてきたアウランの言葉には、実感めいた重みがあった。
「…そうですね」
ロードも、笑みを返す。
ロードも、信じたくなった。
人間の可能性。いつか、人間はわかりあえると。人と人とが調和できる日が、きっと来ると。
自分の弱さや愚かさを知り、それを改めようとする心が人間にある限り。
その心は、ルナールにもきっとある。その心に訴えかければ、彼女とわかりあうことだって、きっとできる。
そう、信じたかった。
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