第15話 聖剣探索

 早朝、ロードとアウランはマドゥーイの中心部にある、クスィ教会に忍び込んだ。

 今でこそ勢力は衰えているが、かつてはこのカイゼリー共和国の国教にもなっていた宗教である。教会の規模はそれほど大きくはないものの、造りは豪華だった。

 三角の屋根を頂く、四階建てとみえる本棟の両側に、高い塔が建っている。塔は上に行くにつれて細くなり、やがて尖った円錐形の屋根に至る。

 本棟の入口の扉は、大きな紡錘形。表面には浮き彫りがなされている。左の扉に彫られている大きな杖を持った老人は、おそらくクスィ教の神。それに対して跪いている右の扉の浮き彫りは、教皇だろうか。

 小さな街だから、教会にいるのは神父が一人と、ボランティアで住み込んでいる教徒が四、五人。それでも、さすがに正面から入るのはまずいということで、ロードとアウランは右の塔の一番低い窓から侵入した。

 窓には内側から鍵が掛かっていたが、アウランが『力』で開けたのである。

 そこは部屋だった。天井が低い。塔は何層かに分かれていて、同じような部屋が上にもあるのだろう。教徒か神父の私室のようだった。

 奥のベッドに、初老の男性が眠っている。いきなり人のいる場所に侵入してしまったわけだが、後悔してももう遅い。二人は足音を忍ばせて、部屋を渡っていった。

男性は白髪が混じり、貫録を感じさせる顔立ちであるが、どこか神経質な印象も受ける。この人が今の神父なのだと、アウランはロードに囁いた。

 神父が目を覚まさないように気を遣いながら、扉を開いて部屋を出る。そこから渡り廊下を抜ければ、本棟である礼拝堂に行くことができるはずだ。

 ロードの勘では、ハロルドの剣は礼拝堂のどこかにあるはずだった。

 神聖な宝物は、神聖な場所に納めてある。ロードが、義父バイ・ザーンとの冒険の中で得た知識である。

 二人は頷き合うと、静かに神父の部屋の扉を閉めた。この時、実は神父が目を覚ましていたことに、二人は気づかなかった。

 広く薄暗い礼拝堂へ忍び込む。そこは無人だった。奥にはクスィ教の神が彫像になって奉られており、その両側には純白のカーテンが下がっている。五人掛けの椅子が横に三列、縦に十列ほど並んでいた。素材は上質の樫である。天井は高く、梁にも模様が入っていた。

 両側の壁には、大きな宗教画が掛かっている。豪奢な杖を持った神の姿、クスィ教の創始者が啓示を受ける姿などが描かれていた。

 二人は調査に取りかかった。

 アウランは、確かにこの近くに、霊力を感じるという。問題は、それがどこから発せられているかだが、はっきりとした位置を知ることは、アウランにもできなかった。地道に探すしかないというわけだ。

 しかし、探索も長くは続かなかった。ロードが義父との冒険の経験から、間もなく隠し階段を発見したのである。

 それは、神像の後ろの床にあった。ごく初歩的なカムフラージュで、神像の足下の床に白い布が幾重にも敷かれていたのである。布は厚く、硬い。一見しただけでは、白い石で造られた装飾にしか見えないのだ。

 布をかき分けると、隠し戸が現れる。それを引くと、地下へと続く階段があった。

「どうです、アウランさん?」

 ロードの問いに、アウランは頷いた。

「強い…とても強い霊力を感じる。ここに間違いないな…」

「そうですか。じゃ…」

 ロードとアウランは、互いに目配せをしてから、階段を降りた。

 石のブロックで造られた階段に、石造りの壁。早朝の気温の低さもあるが、中は肌寒かった。わずかに湿気もある。ランプなどは当然灯っていないから、ロードの持つ懐中電灯が唯一の明かりだ。

 いつしか、ロードは地下牢にでも降りているかのような気がしていた。

 やがて階段は終わり、短い石壁の廊下を抜けると、一つの鉄扉の前に着いた。縁に鉄の鋲が打ち込まれたその黒い扉は、まるで独房の扉のようだった。

 中から、強烈な霊力が洩れてくる。アウランは、苦しげにそう言った。

 クスィ教の神父が持つ霊力は、アウランの『力』とは互いに反発しあうのだという。だから、霊力で造られた結界を、ルナールは越えることができないのだ。

 アウランが『力』で扉の鍵を開ける。念動力のようなもので、錠前を外すのである。

 カチッという音がして、錠前が外れる。だがその瞬間、ロードの勘が危険を告げた。

「伏せて!」

 言うと同時、ロードはアウランに飛びついてその身体を押し倒した。直後、錠前が粉々に砕け散る。ガラスの割れるような音と共に、鋭く尖った金属片が四方八方に飛び散った。もし瞬時に伏せていなければ、それはロードたちの身体に突き刺さっていたことだろう。

 錠前の中に、少量の火薬が仕込まれていたのだろう。錠前に合った鍵でなければ、それが爆発する仕掛けになっていたのだ。

「危ないところだった…ありがとう、ロード君」

「いえ。それより、中に」

「ああ…そうだね」

 二人は扉を開け、中に入った。意外に狭い部屋で、本当の地下牢のように暗かった。壁も床も剥き出しの石造りで、何だか自分が囚人になったかのような気分になる。

 剣は、正面の台座に、白い鞘に収まって載っていた。台座には、杖を持ったクスィ教の神が浮き彫りにされている。

「これだ…これが、ハロルドの剣に間違いない…」

 アウランはそう言いながらも、剣に触れようとしなかった。霊力を帯びた剣だ。触れると、何か身体に悪影響があるのだろう。それを察して、剣はロードが持った。

 剣は、ずっしりと重い。それだけに、本物であるという実感が湧く。同時に、何か強い力を感じた。もちろん、アウランのものとは感覚が違う。もっと厳粛で、かつての持ち主の執念が宿っているかのような圧迫感を受ける。

「これで、カレリアを助けられる…!」

 ロードは、とりあえず安堵の息を洩らした。それから、アウランを顧みる。

 後は、アウランがルナールをうまく説得してくれれば、すべては解決するのだ。

 アウランは、わかっているよ、と頷いた。

「さあ、早くここを出よう。城に行かなければ」

「はい!」

 ロードは大きく頷いて、剣を抱えて走り出した。もちろん、足音は立てないよう極力気を遣っている。この辺りがロードの器用なところで、アウランは感心しながら、その後に続いた。

 これで、カレリアが助かる…!

 ロードは喜び勇んで、階段を駆け上がった。だが──。

 階段を上り詰め、神像の脇を通り過ぎたロードの視界に、複数の人影が映った。数は、六人。長椅子の列を背にして、身構えている。

 そのうちの一人は、初老の神父だった。他の五人は、住み込みの教徒だろう。ロードに続いて姿を現したアウランは、眉を寄せた。

「どうやら、すんなり通してはくれないようだね」

「そうみたいですね」

 五人のクスィ教徒は、それぞれの手に木の棒を握っている。かつての残虐さを非難されたクスィ教は、教徒に刃物を武器として使用することを禁じているのである。

「この盗人どもめ。神聖なハロルドの剣を盗むなど、もってのほかだ。直ちに、剣を床に下ろすのだ」

 神父が言う。彼の両脇に立つ教徒は、殺気立っていた。逆らう素振りを見せれば、すぐにでも飛び掛かってきそうな雰囲気だ。

「どうする、ロード君?」

「どうするって言われても、これは絶対に必要だから、手放すわけにはいかないし…。そうだ。少しの間、これを貸してくれませんか?」

 台詞の後半は、神父に向けられた。神父は、意外な言葉に目を瞬く。

「貸してくれ…だと?」

「はい。訳があって、これが必要なんです。だから、お願いします。二日…いえ、一日で構いません。必ず返しに来ますから」

「訳だと…? どんな訳があるというのだ?」

 神父が尋ねるが、ロード訳を話さなかった。

 かつて異端として虐殺されたウェックスフォルト家の生き残りを解放する。そんなことを言えば、断わられるに決まっているからだ。

 クスィ教では、異端狩りは行われなくなったものの、魔性の血を持つ異端を排除せんとする教えは未だに残っている。そうロードはアウランから聞いていた。

「すみません。それは、言えないんです。今は僕たちを信用して、この剣を預けてくれませんか」

 ロードは、深く頭を下げた。

 だが、他人に言えないような理由で、教会が厳重に保管していた聖剣を借りられるはずがない。神父はロードの言葉を一笑に付し、教徒たちに命令した。

「こともあろうに教会に忍び込んだ、罰当たりな盗人を捕らえろ! そして、神聖なるハロルドの剣を取り返すのだ!」

 五人の教徒は、木の棒を構えて、ロードたちに突進してきた。

 どうやら、話しても無駄のようだ。ロードもアウランも、こういう結果を予想していただけに、苦笑するしかなかった。

「なら、方法は一つだね」

「そうですね。強行突破」

 ロードは、戦いを好まない。だが、大切な人を救うためならば、あえて戦いの中に身を投じることを躊躇わない。そう考えるようになっていた。

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