一方その頃、狩人と蠍はイチャついていた

「……ねえ、澪。僕って人間味がない奴だと思う?」


「ん~? どったの、急に?」


 恋人に膝枕をしてもらいながら、優しく頭を撫でてもらいながら、静かで穏やかな時間を過ごしていた優人が不意にそんな質問を彼女へと投げかける。

 苦笑しながらその真意を尋ねる澪へと、彼は腕で両目を覆いながらこう答えた。


「前にそう言われたことがあるんだよ。臼井さんや轟さんが僕に話をしなかったのは、そういう人間味がない部分が原因なのかなって。怖がられちゃってるんじゃないかって思ってさ」


「う~ん、そうかなぁ? 少なくともあたしは優人は優しい人だと思ってるけど?」


「それは……間違いなく君を特別扱いしてるからだと思うよ。そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ」


「でもでも、零くんも優人の初対面の印象は優しそうな人だって言ってたし、有栖ちゃんもそうだったと思うよ。考え過ぎだよ、考え過ぎ!」


「そうかな……?」


 澪を信頼していないわけではないが、自分が素っ気ない態度を取ってしまっていたが故に同期の二人に気を遣わせてしまったのではないかという疑念が優人の頭から離れることはない。

 少なくとも、仕事中の自分はビジネスモードとでもいうべき状態になっていて、タスク消化のために事務的になっているような感覚はあった。


 前の事務所で周囲の人間をあまり信用することなく、仕事をこなすことを第一に考えて活動していたからそうなってしまったのだろうか?

 あるいは、かわいがっていた後輩の古屋恋に裏切られたショックがまだ心のどこかに残っていて、誰かを信じることに今一歩踏み出せないのだろうか?


 今回の炎上の原因は自分にもある。少なくとも、紫音と伊織の二人だけにその責任を背負わせるわけにはいかない。

 三期生全員に問題があったからこそ、こんな事態になったのだと……もっと相互理解を深める必要性があったと反省しつつ、この考え方は事務的ではないかともやもやした気持ちを抱える優人の耳に、どこか楽し気な澪の笑い声が響いた。


「ふふふっ! 優人、変わったね。悩んだり凹んだりする姿を見せてくれるようになった」


「……情けなくてごめんね」


「謝る必要なんてないよ。あたしはむしろ、そういう姿を見せてくれるようになったことが嬉しいからさ」


 そっと目を覆う腕を動かしてみれば、とても大きな澪の二つの山が見える。

 その山に隠れて彼女の顔は見えないが、今の澪が笑ってくれていることは優人にもわかった。


「今まではさ、周りの人たちを信用してなかったから、ずっとやせ我慢してきたわけでしょ? でも、今はそうじゃない。あたしに情けない姿を見せて、弱音を吐いてくれるようになった。そんな優人に人間実がないって考えるのは、ちょっとおかしいんじゃない?」


「……そうだね。君の言う通りだ」


「でしょ~? じゃあ、次は紫音ちゃんと伊織ちゃんにももう少しだけ自分を曝け出してみよっか! あたしに見せるような姿じゃなくてもいいからさ、二人を信じてるなら、今みたいな姿を見せてあげなよ。そうすれば、二人も優人も気持ちが軽くなるんじゃない?」


 優しく頭を撫でながらの澪の言葉は、優人の心にじんわりと染み込んでくる。

 こうして自分のことをよく理解してくれている誰かからアドバイスされるだなんて久しぶりだなと思いながら、その心地良さに緩く笑みを浮かべた彼へと、澪はこう続けた。


「無理に格好いい姿だけを見せる必要なんてないんだよ。今の優人には同期がいて、先輩もいて、頼りになる仲間もいるじゃない。それに、あたしっていうかわいい恋人もいるしね~! もっと周りを頼りなよ、もう優人は一人じゃないんだからさ」


「……その通りだ。まだ僕は、過去を引き摺ってたのかもね」


 【トランプキングダム】での活動で染みついてしまった悪い癖が、抜けきっていなかったのかもしれない。

 なんでもかんでも自分が自分がと仕事をこなして、周りを助けるために一人で頑張り続けて……そうやってしまう癖がいつの間にか身についてしまっていた。


 だが、今の自分はもう【トランプキングダム】のライル・レッドハートではない、【CRE8】のオリオン・ベテルギウスだ。

 Vtuberとしてのデビューを機に新しい自分に変わろうとしている紫音と伊織とは対照的に、自分はあまり変わろうとしていなかったかもなと……その差に気が付いた優人は深く息を吐くと共に、自分のすべきことを理解したようだ。


 同時に脱力した彼は、自分を支えてくれる恋人へと小さな声で呟く。


「……澪、明日ちょっと頑張るからさ、今日は君に弱音と我がままを言っていいかい?」


「うん、いいよ! それが許されるのが恋人だもんね~! ほら、ど~んと澪ちゃんに甘えちゃいなさい!」


「……ありがと」


 深く、息を吸う。それと同じくらい深く、息を吐く。

 盛大なため息を吐いた後で色々と枷を外した優人は、普段のしゃっきりとした態度とはかけ離れた姿を澪に見せつつ、彼女に弱音を吐き始めた。


「もう無理、しんどい。引退する時に炎上して、戻ってきてすぐにまた炎上とかべっこべこに凹むんだけど」


「にゃははははっ! そう考えるとツイてないね~! よしよし、なでなでしてあげるから存分に凹んじゃいな!」


「交際疑惑で燃えるのも仕方がないってのはわかってるけど、いいじゃないか別に。僕がどれだけ我慢したと思ってるんだ。なんだったら今すぐにでも籍を入れたいくらいなんだからむしろ恋人で止まってることを褒めてくれよ」


「お~! じゃあ、役所行って書類貰ってくる? あたしも全然構わないよ~!」


「強めの精神安定剤が欲しい、後で抱き締めてくれ。あと、おっぱい揉ませて」


「おう! 揉め揉め~! っていうか一緒にお風呂入る? そこでイチャイチャする?」


「……する。でも、もう少しだけこうしてたい」


 恋人だから許されるというか、澪にだけしか見せないであろう情けない姿を見せながら、色々とガードが緩い発言を繰り返す優人。

 その全てを受け入れてくれる澪に感謝しながら、彼は心地良い温もりに目を細めて微笑む。


「……ありがとう、澪。君がいてくれて本当に助かってる」


「どういたしまして~! ……明日から頑張れそう?」


「ああ、うん。頑張るよ。君のお陰で頑張れそうだ」


 心からの感謝を込めた言葉を澪へと送った優人が、そこでまだ大事なことを言っていなかったと思い、頭を上げる。

 胸に遮られて顔が見えない膝枕の状態から彼女に向き合う状態になった彼は、滅多に言えない素直な気持ちを澪へとぶつけた。


「ありがとう。愛してるよ、澪」


「……ふふっ、あたしもだよ、優人」


 膝枕の状態から見上げる景色も絶景だが、こうして恥ずかしそうに笑いながら応えてくれる彼女の姿はそれに負けないくらいに綺麗だ。

 そう思いながら、優人は胸を躍らせる温かい感情に笑みを浮かべるのであった。

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