友達を超えた、絆を

 そう言いながら、紫音の近くにやってきた零が静かに微笑む。

 悩みや迷いを抱えている後輩へと、彼は先輩としてこんな助言をしていった。


「弱さを抱えてない人間なんてどこにもいない。誰だってそうなんですよ。変人だって自分で言ってる轟さんにも、そんな弱さがある。俺も、三瓶さんも、みんな同じです。大事なのはその弱さを認めて、寄り添えるかどうか。自分ができなかったとしても、その弱さに寄り添ってくれる誰かがいるかどうかだと思います」


 過去の出来事が原因で、強いトラウマを抱えている人に出会った。

 決して消えない傷を持つ人にも、理想と現実のギャップに苦しんで泣き叫ぶ人にも、必死に自分を偽ろうとしてもがく人にも出会ってきた。


 心のどこかで諦める癖がついていた自分がそんな自分自身の弱さを愛せるようになったのは、その人たちと出会い、弱さを目の当たりにしてきたからだと思う。

 誰かの弱さに寄り添う度に、自分に弱さに寄り添ってくれる人が増えた。

 そして、誰かの弱さに触れる度に、その人が持つ強さがより眩く輝いて見えるようになった。


 強さと弱さは表裏一体だ。弱い自分を認め、それを変えたいと思う強さを持つ有栖のように、受け入れれば確かな強さになる。

 その弱さと向き合うことを恐れる誰かのために、ただその傍に寄り添って、力になることこそが自分の役目なのだと……そう理解している零は、自身の弱さを自覚し、受け入れ始めた紫音を優しく励ましていった。


「轟さん、あなたは強い人です。そして、優しい人でもある。人の気持ちがわからない自分が誰かを傷付けてしまうのが怖い、それは貴方の弱さであり優しさなんだ。そして、あなたは自分の弱さを認めている。それができる、強い人なんですよ。だからあとは……それを見せなくちゃいけない人たちに曝け出せばいい。それがまず最初にあなたがすべきことです」


「……その後は、どうすればいいんですか?」


「簡単ですよ。今度はあなたが、誰かから見せてもらった弱さに寄り添ってあげてください。それがあなたの強さと優しさをもっと深めてくれる。そして、その人との絆を強めてくれるはずです」


 自分はこの一年、誰かの強いところやいい部分を山ほど見てきた。

 そして、それと同じかそれ以上にその人の脆くて弱い部分も目の当たりにしてきた。


 いい部分だけではない、悪い部分だってその人の一部だ。だからこそ、それもひっくるめてその人のことを愛してあげたい。

 自分がそうしてもらったことで救われた気分になった。あの病室で初めて誰かと弱さを共有できた時、初めて自分の心が動き始めたような気がした。


 弱くていい、情けなくていい。人はみんな自分の弱さと向き合って、それと戦い続けている。

 大切なのはその弱さから逃げないこと、認めてあげること、そして……誰かの弱さを受け入れ、寄り添ってあげられるかどうかなのだから。


 それができた時、人は新しい一歩を踏み出せるということを理解している零は、紫音への話をこんな言葉で締めた。


「なれますよ、絶対。轟さんと臼井さんは、本当の意味で友達に……それ以上の絆を持つ、になれます。こんな俺にだってできたんだ、あなたならもっと簡単にできる。まずは一番近くにいる人から、その輪を広げていってください」


「……はい。本当にありがとうございます」


 ただ笑い合うだけではなく、心の底から笑い合うためには自分の弱さを曝け出すことも必要だ。

 そのことを教えてくれた零とスイへと感謝の言葉を告げた紫音は、涙を拭うと共に顔を上げる。


 前向きな感情が浮かび上がっているその表情を目にして安堵した二人は、紫音へとそれぞれ明るい言葉を投げかけた。


「さ~て、おしゃべりはここまでにして、夕食といきましょうか! 今日のカレーは自信作なんで、期待していいですよ!」


「一緒にご飯食べて、仲良くおしゃべりして……そうしたらもう、私たちも友達ですね! Vtuber活動してる同い年のお友達ができて、私も嬉しいです!」


「……一気に友達が二人も増えてしまいました。先輩なのに友達って、なんだか不思議な感じですね」


 ここからはもう先輩と後輩という関係を入れる必要はない。一緒に美味しくご飯を食べる、友達として接していこう。

 あとは紫音が今日の話をどう消化し、飲み込むかだけだ。そこは彼女を信じて、見守るだけでいい。


 カレー皿をランチョンマットの上に置き、彼女たちと同じテーブルを囲んだ零が見守る中、紫音とスイが美味しそうに自分の料理を食べ始める。

 そんな彼女たちの姿を見て、心に温かさを覚えていた零は、不意に紫音からこんな質問を投げかけられて少しだけ驚いたような表情を浮かべた。


「そういえば、なのですが……狩栖さんは大丈夫でしょうか? 今回の騒動の一番の被害者ですし、このことで須藤先輩と気まずくなっていないといいのですが……」


「ああ、あの人なら心配いりませんよ。絶対に大丈夫ですから」


 三期生の残る一人、狩栖優人。

 悪気がないとはいえ同期から除け者にされたり、澪との交際疑惑が噴出したりしてかなりの被害を受けている彼のことを心配する紫音であったが、零はその不安を払拭するように明るく答えた。


 彼は後輩だが、正しくは先輩でもある。それに、弱さを見せられるが傍に居てくれているはずだ。

 何より、優人は自分なんかよりもずっと頼りになる大人であることを知っている零は、既に前を向き始めているであろう彼のことを思いながら、年下の少女たちとの食事を楽しむのであった。


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