姫と騎士と、彼の好きな曲

「好きな曲……作業用のBGM……」


「うんうん! 好きなバンドとかユニットでもいいよ! 何かあるでしょ? ねっ!?」


「まあ、あるにはあるけど……」


 多分、さっきから話の中で出ていたカラオケに意識が引っ張られて音楽関連の質問が出てきたんだろうなと思いながら、優人がポケットを探る。

 そこから取り出したワイヤレスイヤホンを澪へと差し出した彼は、自身のスマートフォンを操作し、プレイリストを起動する。


 口で説明するより、実際に聞いてもらった方が早いという優人の考えを理解した澪が耳にイヤホンを嵌め、期待を込めた視線を彼へと向ける中、少し悩んだ後でお気に入りの曲を選んだ優人は、それを再生し始めた。


「……どう? 聞こえてる?」


「うん、聞こえてるよ。あ~、この曲ね! ゆーくん、このバンドの曲が好きなの?」


 まあ、別にライブに行く程ではないけど、と小さな声で答える優人。

 目を閉じ、音楽に合わせて小刻みに頭を振り始めた澪へと、彼はこう続ける。


「そのバンド、アニメとかドラマの主題歌を担当することが多いでしょ? だからか耳に残ってさ、アルバムとかを買うようになってたんだよね」


「なるほどにゃ~……! あたしも好きだよ、このバンドの曲! 格好いいよね!」


 リズムに乗りながらそう返事をした澪がにぱっと明るい笑みを浮かべる。

 ここから先、特に話題の広げ方がわからないでいる優人が無言をごまかすようにコーヒーカップを傾ければ、暫く黙って優人が選んだ曲を聞いていた彼女がふんふんと頷いてからこんなことを言ってきた。


「ふふっ……! なんか、って感じがするな……」


「そう? 僕はてっきり、こんなロックバンドの曲を聴くなんて意外だって言われると思ってたよ」


「……勝手な推察で悪いんだけどさ、ゆーくんってば誰かにそう言われたことがあったりするんじゃない?」


「……ノーコメント」


 なんでそういう部分は鋭いんだと心の中でツッコみながら、曖昧に澪をごまかす(ごまかせているとは言ってない)優人。

 以前、葉介や大也にこのバンドの曲を聞いていることがバレた時に、お前はこういう曲どころか普通に音楽を聴くタイプの人間じゃあないと思っていただのなんだの好きに言われたことがある彼がブラックコーヒーよりも苦い過去に顔をしかめる中、とんとんと曲のリズムに合わせてテーブルを指で叩く澪がこう言う。


「このバンドの曲ってさ、実は結構ネガティブっていうか、切ない歌詞の歌が多いじゃない? でも、そこから這い上がっていこうぜ! とか、逆境にも負けないぜ! みたいな明るさもある。なんか、ゆーくんが好きになりそうだなって、そう思った」


「……それは遠回しに僕がネガティブな人間だって言ってるってことかな?」


「う~ん……ネガティブっていうより、自己評価が低い感じ? まあ、今のあたしの話に対してそういうことを言っちゃうって時点でネガティブな気がしなくもないかな!」


 笑顔で地味に傷付くことを言ってきた澪だが、言っていることに間違いはないので反論は止めておいた。

 確かに今の話に対して、そういう反応をするのは良くないなと思って若干凹み気味になる優人へと、明るい笑みを浮かべた彼女が励ましの言葉を贈る。


「そんなに気にしないでも大丈夫だよ~! あたしは、ゆーくんのありのままが素敵だと思うよ! ゆーくんもそんな自分を好きになった方が、人生を楽しめるんじゃないかな!」


「……励ましとアドバイスをありがとう。胸に刻んでおくよ」


「いえいえ、お気になさらず! どう? 嬉しくって嬉しくって、なんかこう……ノックしたくなってきた!?」


「無理に歌詞になぞらえて話をしなくていいよ。傍から聞くと、意味がわからないことになってるから」


 今、聞いている曲の歌詞に合わせて自分を励ます澪へと、緩く笑みを浮かべながらツッコミを入れる優人。

 てへぺろとかわいらしく笑って場をごまかす彼女を見つめながら、彼はこう続ける。


「それで? 君はどんな曲が好きなの? 僕だけが教えるってのは不公平だし、君も教えてよ」


「うん、いいよ! ……でも、どうせなら実際に歌ってあげたいしさ、答えはカラオケで教えるってのはどう?」


「だから、今日はカラオケに行くつもりはないって言ってるでしょ?」


「誰も今日行くだなんて言ってないよ! これから先、ゆーくんと一緒に色んなところに出掛けて、知り合って間もない男女じゃなくなったら遠慮する必要もなくなるでしょ? そうしたらあたしのプロフィールが公開されるってことで、どうでっしゃろ!?」


「……また一緒に出掛けるつもりなの? 僕と、二人きりで?」


「うん! 楽しかったし、またデートしたいなってあたしは思ってるよ! ……ゆーくんは嫌? もうあたしと遊びに行きたくない? あたしとのデート、つまんない?」


「いや……楽しいよ。うん、楽しいって思ってる」


 少しだけ不安を滲ませた澪からの問いかけに、正直な気持ちで答えた優人がその言葉を繰り返す。

 間違いなく、自分は澪と二人きりで過ごすこの時間を楽しいと思っているのだと、そう自分の感情を自覚した彼へと、満面の笑みを浮かべた澪が言う。


「ふふふっ……! 良かった! なら、これからもいっぱいデートしよ! そんで、ちょっとずつ好感度を上げて、澪ちゃんを攻略してみてよ!」


「……どっちかっていうと攻略されてるのは僕の方だと思うんだけどな」


 ふふ、と笑みをこぼした優人がまたしても思ったことをそのまま澪へと言う。

 嘘のないその笑顔はとても穏やかで、満ち足りたものだった。

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