愛・Need・優
――それから優人と澪は、二人で色んなところに遊びに行った。
映画や舞台の話題作が公開されれば創作の手助けになるだろうという理由で見に行ったし、最近の流行を調査するためといってアニメショップを物色したりもしたし、絵のモデルにするためだなんだと理由付けてプールに遊びに行ったりもした。
そうやって距離を縮め、お互いを理解し、少しずつ想い合う関係になっていく中、優人も澪の影響を受けて、少しずつ変わっていった。
素直に、正直に、自分を晒せる存在が彼の気持ちを上向きにしたのだろう。
自分のことを振り回す澪は、これまで気付かなかった優人自身の意外な一面を彼に気付かせてくれる。
色々な可能性を掘り出してくれる彼女に対して優人は感謝し、澪もまたなんだかんだと自分に付き合って我がままを聞いてくれる優人の成長を喜ぶと共に、彼の実直な人柄にどんどん惹かれていった。
いつしか、あれほど避けていた二人きりで密室空間に入るということにも拒否感がなくなって……初デートからの念願であるカラオケにも普通に足を運ぶようになっていた。
それだけでなく、一聖の伝手で車を購入した際には、優人は真っ先に澪をその助手席に乗せてドライブに出掛けたりもしたわけだ。
物理的に距離が縮まっていくのと同時に、二人の心の距離も確実に近付いていて……それは最早、同じ事務所に所属し、相方となる人間の距離感というものを超えたものになっていた。
最後の切っ掛けがないだけで、お互いにその一線を超えようとしていないだけで、ほとんど恋人のような関係性になっていたことは間違いないだろう。
楽しかった。幸せだった。優人にとって、澪の傍にいて、彼女と色んな風景を見る日々は……無邪気に笑う彼女を見守る日々は、何よりもかけがえのないものだった。
これからも彼女と一緒にこんな日々を過ごしていくのだろうと、Vtuberとしてデビューした際にはこれよりももっと騒がしくて、だけれども楽しい日々が訪れるのだろうと、優人は胸いっぱいの希望を抱いて日々を過ごしていた。
……だが、無慈悲にもその日は訪れてしまう。
幸せな日々の終わりは呆気なくやって来て、信じていた人に裏切られた優人は、この先に待っている出来事を理解しながらも澪を守るために必死に戦い続けた。
ただ、笑っていてほしかった。ただ、その涙を拭いたいとだけ思い続けた。
足掻いて、戦って、傷だらけになって、それでも大切だと思う人のために突き進んで、そして――
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「……んっ。夢、か……っていうか、また寝落ちしたみたいだな」
懐かしい夢を見ていた優人を現実に引き戻したのは、パソコンから鳴った通知音だった。
デスクに突っ伏して寝落ちしていた彼は、昔から彼女に注意されていたワーカーホリック気味な生活を送っていることに苦笑を浮かべながら椅子から立ち上がる。
カーテンを開け、差し込む日差しの眩しさに目を細め、背伸びをした後でスマートフォンを手に取った彼は、そこに送られてきていたメッセージを確認すると返信を打ち込んでいく。
【おはようございます、エブリワン。トゥデイイズメーデーですが、お体は大丈夫ですか?】
【やっぱり緊張しますよね……狩栖さんはトリですけど、不安とかないんですか?】
【僕は大丈夫です。二人の方こそ、あまり気負わずに楽しんでくださいね。大丈夫、想像よりもずっとリスナーさんたちは優しいですから】
ここ最近、よくメッセージのやり取りを行っている二人にそう送ってから、出掛ける準備を始める優人。
その途中でデスクの上に飾ってある写真立てを手にした彼は、そこに写っている自分と澪の姿を見て、ふっと笑みをこぼす。
楽しそうに笑う彼女と比べて、自分の笑みのぎこちないこと……本当に不器用な男だと、改めて思う。
そして、何よりも大切な澪の笑顔を見つめた彼は、それを置くと共に瞳を閉じた。
――夢の中で見た澪の最後の表情はこんな笑顔ではなく……どこか寂しそうな表情だったな。
車の中で暫くは会わない方がいいと別れを告げ、それでも空元気で楽しそうに振る舞う彼女の姿は、夢に見なくたって脳裏に焼き付いている。
再会と、その後に訪れた二度目の別れでは、もう彼女は取り繕うこともできずに涙をこぼしていたことも忘れはしない。
いつだってそうだ。自分は大切な時に限って、大切な人を悲しませてしまう。
どんな時だって存在していた、彼女の手を取るという道を選べずにここまできてしまった。
だから……今度こそ、後悔しない道を進むことにしよう。
大切な人を笑顔にできる、そんな道を歩きだすことにしよう。
「さて……行こうかな」
独り言を呟き、車と家の鍵を取って、部屋を出る。
新たな世界に向かう、あるいはかつて存在していた世界に戻ろうとする彼の
―――――――――――
明日からは7部が始まるよ~!
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