姫と騎士、ファミレスへ行く

「いや~、面白かった! やっぱりドニャーもんは幾つになっても楽しめる名作ですな~!」


「……本当によく食べるね。なんかもう、すごいとしか言いようがないよ」


 デミグラスソースのハンバーグに付け合わせのポテト、コーンスープに主食となる大盛のライスにおまけのドリンクバーというテーブルの半分以上を占める量の料理とそれをパクつく澪の姿を見つめる優人が自身が注文したシーフードドリアを食べながら呟く。


 映画を見終わった後で食事をすべく二人がやって来たのは、映画館のすぐ近くにあるファミリーレストランだった。

 別に優人がリサーチをサボっていたわけではなく、奢られる側の澪が要望した結果、こうなっている。


 確かにここならリーズナブルだし量もそれなりに多いし、ドリンクバーもあるからのんびり会話をする際にも使えるよなと思いつつ、それでも映画を見ている最中に結構な量のフードを食べていたはずの澪がこちらでも遺憾なくその大食漢ぶりを発揮している様を目の当たりにする優人は、幸せそうにハンバーグを頬張る彼女の姿にちょっとだけ心を躍らせてもいた。


「それで、この後はどこに行こうか? あたし、のんびり休憩ができる上にカラオケまで楽しめちゃういいスポットを知ってるんですけど……」


「言いたくないけど、それってラブホテルっていう名前の施設じゃない? 行かないよ、そんなところには」


「にゃっはっはっはっは! わかってるって! 冗談だよ、冗談! でもゆーくん、やっぱ真面目だよね~! 普通、ここまでお金を出したんだから少しはそれをあたしに還元させようとか思ったりするものなんじゃないの?」


「僕は君を狙ってるからお金を出してるんじゃなくて、君に感謝してるからそうしてるだけさ。還元って意味なら、君が今日、僕に付き合ってくれてる時点でお釣りが出るくらいにしてもらってるよ」


 からかい半分、奢られっぱなしになっていることへの引け目が半分の澪の言葉に、そう反応する優人。

 やや遠回しではあるが、単純に澪とデートができて嬉しいという意味の返答は、彼女の心をいい意味でくすぐったようだ。


「ふ~ん、そっか。でも、奢られっぱなしは悪いから、また何か別の形で恩返しさせてもらうね! 楽しみにしててよ!」


「まあ、ほどほどにね。あんまり変なことをされても困るしさ」


 別に恩返しなど望んでいない優人であったが、澪からしてみれば何から何まで金を出してもらっている状況というのは居心地の悪さを感じるものでもあるのだろう。

 彼女の気が済むのならば好きにさせた方がいいだろうと思いながらコーヒーを飲む彼に対して、澪がこう問いかける。


「それで、真面目にこの後はどうするの? さっき話題に出したし、カラオケでも行く?」


「……いや、今日は止めておこう。歌に自信があるわけじゃないし、知り合って間もない男女が密室に二人きりだなんてのはあんまりよろしくないシチュエーションだしさ」


「うわっ、真面目~……! でもまあ、作品作りに活かせない経験ならやっても意味ないしね。あたしはゆーくんに従いますよ、はい」


 そう言ってからオレンジジュースを飲み始めた澪を見ながら、こういうのって普通は男女逆の立場なんじゃないかと思う。 

 警戒するのは女性の方だし、それを潜り抜けてお近づきになろうとするのは男のやることなんじゃないかと考える彼であったが、それを気にしても仕方がないかと切り替えると、特に結論を出さずにその思考を打ち切った。


 少なくとも、葉介のような軽薄な男性に対しては警戒を払っているようだし、誰に対してもこんな態度を取るわけではないのだろう。

 自分のことを信用してくれているか、あるいは単純にからかうのが面白くてふざけているのかはわからないが、澪が尻軽と呼ばれるような女性ではないことは優人にもわかっていた。


「コーヒー、ブラックで飲むんだ? 甘いのは苦手?」


「ん……? いや、そんなことないよ。ただ、普段から眠気覚ましのために飲んでるから、習性みたいになっちゃってるってだけ」


「ゆーくん、頑張るのはいいけどさ、健康には注意しなよ? 睡眠時間をちゃんと取らないと、ある日バタッと倒れちゃうかもだしさ」


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。慣れてるからさ」


 どこも大丈夫じゃないというツッコミが飛んできそうな返事ではあるが、それを言う優人は大真面目だ。

 ワーカーホリックというか、仕事人間というか、無理がデフォルトになっている彼の反応に軽くため息を吐いた後、話題を変えるべく澪が口を開く。


「それじゃあまあ、休憩も兼ねて色々と質問してみようかな? これから相棒になる相手の趣味とか好きなものとかは知っておきたいしさ」


「別に構わないけど、僕の何が知りたいの? 面白いことなんて何もないと思うけど」


「う~ん、そうだなあ……じゃあ、まずは――」


 自分のことを知っても面白くもなんともないと、澪に言う優人。

 趣味に関しては彼女には話してあるし、取り立てて好きだといえる物も特にない彼は、そっち方面で話が弾ませる自分の姿が想像できなかったわけだが、澪はそんな彼の前で腕を組んで考えた後、こんな質問を口にする。


「――好きな曲とか教えてよ! 作業中とか、気持ちを切り替える時とか、何か聞いたりするでしょ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る