それから暫くして、唐突に決まるデート
――それから、幾ばくかの時が流れた。
【トランプキングダム】所属のVtuberとしてデビューの準備を進める中、優人は一聖を介して紹介された澪と実に健全な形で親交を深め続けた。
連絡先を交換し、何度かメールのやり取りをして、仕事について話すために通話もしたりして……と、二人はビジネスパートナーとしての在り方を見せながらも、お互いについて知ろうと会話を繰り返してもいた。
絵を描いたり、脚本を作ったりする以外の趣味は何なのか? 普段は何をして過ごしているのか? Vtuberとしてやりたいことは何なのか? 仕事上の相棒としてだけではなく、同じ事務所に所属する友人として……ゆっくりと、二人は距離を縮めていく。
Vtuberだけの劇団を結成して、様々な演劇や催しを主催してみたいと照れ臭そうに澪が語ってくれた夢を、優人は本当に素晴らしいと思った。
自分自身にはそう大した夢はないと、ただ自分の作り上げた作品を注目を集める立場から発表して、人々からどう評価されるのかが知りたいと、それだけでVtuberになることを決めた彼にとって、澪の夢は本当に眩く思えるものだったからだ。
その気持ちを彼女に伝えると……澪は、楽しそうな声でこう返事をしてくれた。
「じゃあ、一緒に見つけようか? ゆーくんが夢中になれる、夢ってやつをさ!」
それも悪くないかもしれない。そう素直に彼女に答えるのは照れ臭かったので、優人は曖昧に笑ってそのことをごまかしたが……今は、そのことを後悔している。
いつだって素直に自分の気持ちを伝えれば良かったと思うのは、全てが終わってしまってからだということを、この時の彼は知らなかった。
ただ、この時の優人は……いや、優人と澪は間違いなく幸せだった。
自分の夢を、手掛けた作品についての話を、これからの希望と展望を、心ゆくまで語り尽くせる相手がいるという日々は、心に豊かさを与えてくれる。
いつしか優人は脚本作りに詰まった際、澪に相談するようになっていたし、澪もまたそんな彼からの相談を嬉々として受けるようになっていた。
その関係も発展していき、気が付いた時には深夜に作業通話をすることも珍しくなくなっていて……その中で、脚本に関すること以外のことについても話すようになっていたわけだ。
その会話はお互いにいいインスピレーションを与えてくれる機会になっていたし、疲れた頭を休憩する際の癒しの時間にもなっていた。
世間一般的にはそんなふうにほぼ毎日深夜に通話をする男女のことをカップルとか呼ぶのだろうが……少なくとも、優人にはそんな自覚はなく、ただ純粋に友人と会話をしているという意識しか持っていない。
確かにまあ、澪との会話では恋人たちがするような甘い言葉の応酬なんかは微塵もなかったわけだが、楽しそうに話をする二人の姿は、もう普通に恋人のそれでしかなかった。
「それで、漫画の脚本の進捗はどんな感じなの?」
「ん……順調、と言いたいところだけど……少し詰まってるかな」
「おっ!? ということは澪ちゃん先生の助言が欲しくて通話してきた感じかにゃ~? よっしゃ~! ゆーくんのために一肌脱いであげようじゃあありませんか! なんでも聞いてこ~い!」
「……通話をかけてきたのは君でしょ? まったく、もう……!」
調子がいいことを言って、と苦笑しながらも、自分が澪の明るさを心地よく思っていることも事実。
緩くツッコミを入れながらもそこまで咎めることはしなかった優人は、彼女へと相談を持ち掛けていく。
「デートの場面なんだけどね。これまでよりもしっかり描写することになって、少し苦戦してるんだ。これまでもデートの回はあったんだけど、それはむしろ現実離れしたシチュエーションばっかりだったからさ。リアルに寄せて書くとなると、これでいいのかなっていまいち自信が持てなくって」
「なるほどな~……! つまりはゆーくんの女性経験のなさがモロに悪影響として出てしまったということですな!」
「事実だけどはっきり言われると頭に来るね。次に会った時を楽しみにしてなよ」
「やだな~! かわいい澪ちゃんのかわいいジョークじゃない! そんなに怒んないでよ~! ねっ? ねっ!?」
別に本気で怒ってるわけじゃないけどな、と思いつつ、澪の反応が面白いから黙っておくことにした優人が微笑みを浮かべる。
彼女の方も優人の気持ちを知ってか知らずか、そうやって下手になってのごまかしを暫く続けた後、打開策を模索するかのように話をし始めた。
「これはつまりあれですな。リアルなデートについて知りたいけど、ゆーくんにはそのデータがなくて困ってる……これを解決する方法はたった一つ! 実際にデートを経験してみればいいじゃない!」
「はぁ……?」
ある意味現実的だが、ある意味非現実的なことを言うなと澪の回答に間抜けな声で反応する優人。
確かに彼女の言うことは正しいかもしれないが、デートをしろと言われたって、その相手はどこにいるんだと割と真剣にそう思う優人に対して、むふふと笑った澪が言う。
「むっふっふ……! ゆーくん、何か大切なことを忘れてな~い?」
「大切なこと? 何それ?」
素でそう返した優人の言葉を待ってましたとばかりに受け取った澪は、通話越しでもドヤ顔を浮かべ、胸を張っていることがわかるくらいに得意気な声色で、彼へとこう言ってのけたのであった。
「前にそれよりも、で片付けられたあたしとデートする権利……行使するいい機会がやってきたんじゃな~い?」
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