姫と騎士、距離が詰まる

「うるせえな。別にお前には関係ないだろ? 俺のやることに口出しすんじゃねえよ」


 ナンパを邪魔された葉介は不機嫌さを露わにしながら優人の言葉に反発してきた。

 そうくるだろうなと思っていた優人はというと、彼の言葉尻を捕らえてこう反論してみせる。


「関係あるさ。お前が困らせているその子は、僕の相方になる人間だ。お前にぐだぐだと絡まれてるせいで打ち合わせの時間が減って迷惑してるんだよ」


「あぁ? なんだって? この子が、ハートのクイーンだと……?」


 優人の反論に驚いた葉介が改めて澪へと視線を向ける。

 まじまじと彼女の顔を見つめ、そこから視線を下に向け、胸を凝視した後で再び顔へと視線を戻した彼は、不意にふっと噴き出したように笑ってからこう言った。


「な~んだ! ってことは焦らずとも仲良くなれるチャンスはあるってことじゃねえか! じゃあ、ここで強引に連絡先を聞き出す必要はねえな!」


 澪が自分の同期となる人間であることを知ったお陰か、葉介は機嫌を回復させたようだ。

 彼女へと視線を向けた葉介は、無駄に整っている顔を見せつけながら楽し気に言う。


「ハートのクイーンちゃん、邪魔して悪かったな。でもまあ、あの堅物の相手が嫌になったら俺と遊ぼうぜ。さっきも言った通り、女の子の扱いには自信があるからさ。君を楽しませてみせるよ」


「あはは……お気遣い、ありがとうございま~す。でも、そうだなあ……あなたが、その堅物よりあたしのことを楽しませるのはちょ~っと難しいと思うかな~……?」


「へぇ、言うねえ……! まあ、今度ゆっくり話そうよ。その時には、君の考えを改めさせてあげるからさ」


 そう言い残し、葉介がようやくこの場から去っていく。

 すれ違いざまに優人へと何か意味深な視線を向けた彼は、「美味そうな女だな」とその耳元で囁いてから廊下の向こう側へと消えていった。


「ふぃ~……! ゆーくんが様子を見に来てくれて助かったよ! トイレから出た瞬間に声かけられちゃってさ~! しつこいのなんの! これから一緒に働く相手かもって思ったらあんまり邪険にもできないし、どうしようかと思ってたところだったから、間に入ってくれてありがとうね!」


「ごめんよ、あいつの存在を忘れてた。同僚についてこんなことを言うべきじゃあないとは思うけど……あいつとは深く関わらない方がいい。君のこと、狙ってると思うから」


「んっ! 了解! いや~、でもやっぱり男の人って気になるもんなのかね~? 澪ちゃんのこの見事なロリ巨乳!!」


 ぽいんぽいんと自分の手で立派なお胸を跳ねさせ、楽しそうに笑う澪。

 そんな彼女から視線を逸らしながら、優人が部屋を出る際に考えていたことを言う。


「……そういう軽はずみな言動は控えた方がいいよ。軽い女だって思われたら、さっきの黒羽みたいな男に付け入る隙を与えることになる」


「……うん、了解。気を付けるよ。心配してくれてありがとうね、ゆーくん」


 今度は真面目に応えた澪がこくんと頷く。

 純粋に忠告したつもりだったが、言い方がキツかったかもなと優人が反省する中、彼女が静かにこう呟いた。


「なんて言うかさ、ちょっと開き直ってる部分があるんだよね。こういう体型してると、やっぱ注目集めるしさ~……もじもじしてるよりかはパーッ! と武器にしちゃった方が明るくていいじゃない? そういうふうに考えてるところはあるかも」


「……ごめん。デリカシーに欠ける発言だった。君を傷付けるつもりはなかったんだけど……申し訳ない」


「別にいいって~! そういう発言を引き出しちゃったのはあたしだし、ゆーくんは心配してくれただけなんだしさ!」


 澪はコンプレックスに感じている自身の体型に対して、自分なりの対応策を取っていたのだろう。

 あの振る舞いも気にしている部分を敢えて晒すことで弱点だと他者や自分自身に思わせないようにするためのものだった。


 そこについて、よく知りもしない自分が踏み込んでしまったことで彼女を傷付けてしまったかもしれないと……そう考えた優人が謝罪の言葉を口にすれば、澪はからからと笑ってフォローしてくれた。


(なんだろうな……わかりやすいように思えて、そんなこともない。不思議な人だな……)


 真っ直ぐなように見えて、心の中では色んなことを思っている。

 わかりやすいように思えて、掴みどころがない性格や言動を見せてくる。


 どうやら自分が思っていたよりも、須藤澪という人間は単純ではないようだ。

 だからこそ……優人は、彼女のことをもっと知ってみたいと思うようになっていた。


「そういえばさ、まだゆーくんに連絡先を教えてなかったよね? 同じスートの王様と女王様になるわけだし、連絡先の交換くらいしておこうよ!」


「……ああ、そうだね。そうした方がいいと僕も思ってたところだ」


「へっへ~! 気が合って何よりだよ! んじゃ、さっきの部屋に戻ろっか! あたしのスマホもそこに置いてあるわけだしさ」


 楽しそうに笑って歩き出す澪を追って歩き出しながら、彼女の笑顔を見つめながら……優人は、澪との距離を詰められたことを少しだけ幸せに思っていた。

 初対面の人間を相手にここまで心惹かれている自分のことをおかしく思う彼がため息まじりの柔らかい笑みを浮かべる中、澪が弾んだ声で言う。


「いや~、でも本当にゆーくんが様子を見に来てくれて良かった~!」


「そこまで感謝されることじゃないよ。むしろ遅くなったせいで君に面倒をかけて申し訳なく思ってるところだし」


「それもあるけどさ~……トイレに行くって言ったきりなかなか戻ってこなかったら、をしてるって誤解されちゃうところだったじゃない? ゆーくんが様子を見に来てくれたお陰でナンパされてたってことがわかったわけだし、そうじゃなかったらあたしの乙女としての尊厳がブレイクしちゃうところだったよ!」


「……そういう発言、止めた方がいいと思うな。相方として忠告させてもらうよ」


 やっぱりこの子、ただのデリカシーがないだけの人間かもしれない。

 苦笑を浮かべながら、色々と前途多難だと思いながら、優人は澪という面白いが危なっかしい相棒へと、保護者のような感情を向けるのであった。

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