姫と騎士と、他のキング

(最初に顔を合わせた時にはどうなるかと思ったけど、なんだかこう、意外と上手くいってるな……不思議だ……)


 それから暫くの間、澪と二人きりで話を続けた優人は、自分と彼女がすんなりといい関係を構築できていることに若干の驚きを感じながらそんなことを考えていた。


 どうやら一聖の考えは正しかったようで、澪と自分との相性は抜群に近いほど良いようだ。

 優人的には物静かで落ち着いた女性が相方になってくれた方がいいかとも思っていたが、澪のように元気いっぱいに自分を振り回すような人間の方が会話も弾むということなのだろう。


 似た者同士よりも真逆に近しい性格をしている人物同士の方が、相手の新しい一面を発掘できる。

 それを自覚することで、また新しい発想が自分の中で生まれてくれるのかもしれない……と、考えを改めた優人は、同時に自分と彼女の似ている部分についても考えていく。


 創作が好き、物語や脚本を考えるのが好きという、似通った部分があるからこそ、性格が正反対でも会話が弾んだのだろう。

 まだ澪の書いた物語は読ませてもらっていないが、スマートフォンに記録されていた彼女が描いた絵は見せてもらうことができた。


 女の子らしい、かわいらしいその絵に関しての感想を話したり、使っている機材に関する話をしたりと、こちらでも話が盛り上がったりできたのは、優人にとって初めての経験だ。

 これまでは周囲にこれ関連の話をする相手すらいなかったからな……と思いつつ、これからは澪を相手にそういった話ができるということを喜ぶ彼は、自分が口元に小さな笑みを浮かべていることに気が付く。


 これはあくまで同じ趣味というか、気質の人間と出会えたことを喜んでいるわけであって、決して澪という異性と会話する理由が見つかっていることを喜んでいるわけではないと、そう自分自身に言い訳をした優人は、同時に机の上に置かれている彼女のスマートフォンを目にして、苦笑を浮かべた。


(話していて楽しい相手ではあるけど、もう少しデリカシーというか、恥じらいは身につけてほしいよな……)


 会話がひと段落したところで、いきなり「おしっこ行ってくる!」と澪が言い出した時には口にしていたお茶を噴き出しそうになったものだ。

 なんとかむせそうになるのを我慢して、トイレの場所を教えたわけだが……ああいうのって女の子としてはどうなんだろうかとも思ってしまう。


 今後、Vtuberとして活動していけば、配信中にトイレに行きたくなることだってあるだろう。

 そんな時に毎回「おしっこ!」だなんて開けっ広げに口にしていてはなんだかマズい気がするなと思った優人は、澪が戻ってきたらそれとなく注意をしようとして――はたと気が付く。


「……遅くないか? 迷ってる……わけじゃないよな?」


 澪が出て行ってからそこそこ時間が経っていることにそこで気が付いた優人が眉を顰め、扉を見つめる。

 もうとっくに用を足して、戻っていてもおかしくないと思うのだが、まだ澪が部屋に入ってくる気配はない。


 ここからトイレまでは迷うような距離でもないし、位置もわかりやすいはずだ。

 それなのにどうして……と考えた優人は、少し悩んだ末に様子を見に行くべきだと判断すると椅子から立ち上がった。


(何もないとは思うけど、向こうはあまりここに詳しくないだろうしな。それに、勝手に歩き回って迷子になってる可能性も否めないし……)


 そう心の中で言い訳をしつつ、ここでばったり戻ってきた澪と出くわしたら気まずいなとも考える優人。

 彼女のことだから、多分デリカシー皆無のからかいの文句を言ってくるのではないかと思いながら部屋を出て、トイレの方へと向かった彼は、そこで二人の人物の声を耳にして、立ち止まる。


「いいじゃん、ねっ? 連絡先教えてよ!」


「ええ~……? どうしようかな~?」


「うわ、もったいぶるね~! そういう子、嫌いじゃないよ。君さえ良ければお酒の美味しいお店とか紹介するしさ、どう? 俺、女の子の扱いには自信あるんだぜ?」


「いやいや、さっきも言いましたけどあたし、未成年ですから! お酒はダメですって!」


「いいじゃん、別に! 俺たち二人だけの秘密にしちゃえばさ! 君もちょっとは興味あるでしょ?」


 聞こえてきた声の内、女性の声の主は澪だ。

 何者かに言い寄られている彼女は、明るく弾んだ声ながらもそれを拒んでいる。


 そしてもう一人。彼女に誘いをかけている男性の声にも聞き覚えがあった優人は、深いため息を吐いた後に足を進め、その人物を制止するべく声をかけた。


「そこまでにしておけよ、黒羽。しつこいぞ」


「あ……? ちっ、お前かよ」


 声をかけてきた優人の顔を見て、露骨に嫌な表情を浮かべたその男性……黒羽葉介を呆れた目で見つめる優人。

 決して仲が良いとはいえない、むしろ不仲である彼と不穏な雰囲気の中で睨み合いながら、優人は口を開く。


「いい加減にしろ。初対面の相手を、あまり困らせるなよ」


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