デート当日、姫を待つ騎士

(どうしてこんなことになっているんだ……?)


 そして迎えたデート当日、待ち合わせ場所に立つ優人は一人でそんなことを考えていた。


 もう本当にびっくりするくらいにとんとん拍子で話が進んだ結果、自分は澪との初デートに臨むことになっている。

 あまりにも急展開過ぎて現実味を感じられないでいる優人は、朝からずっと死んだ目をしながら同じことを考えていた。


 自分はただ、脚本の参考になるような話が聞きたかっただけなのに……とため息を吐き、頭を掻く優人。

 予想外の事態に直面していることに戸惑う彼は、どうにも複雑な気持ちを抱きながら悶々とし続けていた。


 普通に考えれば澪のような美少女と二人きりで出掛けられることは間違いなく喜ばしいことで、世の男性の大半が歓喜することだろう。

 前に事務所でしつこく彼女の連絡先を聞こうとしていた葉介だったら、このチャンスを絶対にものにしてやると意気込んでいたはずだ。


 葉介だけでなく、大也も社長である一聖ですらも、自分の同僚ならば間違いなく下心を持って大喜びでこの場にやって来ていたのだろうと思う。

 実際、優人だってテンションが低いように見えてはいるが、内心では結構喜んでいるのだ。


 ……そう、喜んでいる。彼は今、澪と二人で出掛けられることを嬉しく思っている。だから問題だった。

 どうにも……自分がこんな男女の問題で心を弾ませているということが変に思えてならない。キャラじゃないとしか思えないのだ。


 これが葉介たちならば適当に一日を過ごした後でお楽しみの時間と洒落込み、その後は飽きたらポイというような関係になるのだろうが(そう考えるのはあまりにも彼らに失礼かもしれないと優人は思った)……優人は彼らのようにはなれない。

 これから相方として長く付き合っていく相手を邪険にすれば仕事にも支障が出るし、気まずい思いだってする。彼女との関係を良好なままにし続けるためには、あまり深い関係にならない方が無難なのだ。


 そう、頭では理解している。脚本作りのためとはいえ、澪と二人で出掛けることに相応のリスクがあるということもだ。

 しかし……それでも優人はこの状況に喜びの感情を抱いているし、今日という日を心のどこかで楽しみにしていた。


 そんな自分の変化が理解できないからこそ、彼は今、困惑しているのだ。


(どうしてこんなことになっているんだ、僕って奴は? そういう性格の人間じゃあないだろうに……)


 自分で自分をツッコミたくなるような気分になりながら、複雑な表情を浮かべる優人。

 多少は落ち着いているようだが、それでも自分が浮ついた気分になっていることは自覚できてしまっている。


 どうしてこんな落ち着かない気分になっているのか? 人生初のデートというやつに期待して、心を高鳴らせるような人間ではないということは自分が誰よりも理解しているはずだ。


 中学生でもあるまいにと自分自身の妙な感覚に顔をしかめつつ首を左右に振った優人が、深いため息を吐く。

 創作の世界の中では初デートを目前に控えた男はもっと希望に満ちあふれた雰囲気になっていたはずだが、自分の場合は彼らと真逆の状態になるらしい。


 これはもしかしたら今後の脚本作りの参考になる経験かもなと無理矢理ポジティブな思考になったり、そんなわけがないだろうと冷静に自分自身にツッコんだりしていた優人は、この落ち着かない気分のままに行動した自分が澪の前で妙な行動を取ってしまったらどうなるかを想像し、顔を青ざめさせた。

 多分、きっと、ほぼ間違いなく……彼女はそんな自分のヘマを一生にかけてイジり続けるはずだ。


 「ゆーくんってばあたしとの初デートの時にこんな変なことしたんだよ~! 面白いでしょ!?」と言いふらす彼女の姿が容易に想像できる。

 同僚だけでも十分に嫌なのに、配信上でそんなことを言われたりなんかしたら色んな意味で自分は破滅だと……そう考え、冷や汗を流した優人は手で口元を覆いながら固く決心をした。


(絶対に……失敗は、許されない。言動に細心の注意を払わなくては……!)


 自分のちょっとした失敗も、澪にかかれば面白おかしいエピソードに早変わりだ。

 下手をすれば一生涯に及ぶネタを作られかねないと恐怖する優人は、絶対に彼女に弱味を見せてなるものかと改めて自分自身を鼓舞する。


 とにかく冷静になろう。浮ついた気分のままじゃ、澪がやって来た時にいきなりヘマをしかねない。

 そう自分に言い聞かせた優人が深呼吸をして、自分自身を落ち着かせようとしたその時、噂をすれば影が差すとばかりに姿を現した澪が、元気いっぱいに彼へと声をかけてきた。

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