よそって、よそわれて
とまあ、傍から聞いていたらただのカップルのイチャつきとしか思えない会話を繰り広げていた零と有栖が鍋からいい感じの湯気が立ち始める様を見て、その蓋を取る。
そうすれば、ぐつぐつと煮えた出汁とこれまたいい具合に火が入ったであろう食材たちの様子が目に入り、蓋を開けた瞬間に漂い出した食欲をそそる匂いに二人はついつい破顔してしまった。
「できてるね~! もう食べ頃じゃない?」
「だね。じゃあ、いただきましょうか」
笑みを浮かべながらそんな会話を繰り広げた零が、お先にどうぞと菜箸を有栖に譲る。
彼からそれを受け取った有栖は、ちょっと動きを止めた後で零の取り皿を手にするとそこに食材を盛っていった。
「はい、どうぞ。あんまり上手な盛り付けじゃあないかもしれないけどさ」
「俺なんかに気を遣わなくてもいいのに。自分の分を優先しなよ」
「いいの。今日は零くんに普段お世話になってるお礼をする場でもあるんだから」
肉に野菜、豆腐も少々とバランスよく食材を盛りつけた後で出汁も少し注いだ取り皿を零へと差し出す有栖。
ほかほかと湯気を立ち昇らせるそれを見つめた彼は、微笑みとも真顔ともいえない不思議な表情を浮かべながらぼそりと呟く。
「……初めてかも。誰かにこんなふうに鍋をよそってもらうのって」
家で食べる時は父も母もこんなことしてくれなかった。いつも自分一人でよそって食べていたし、優先して食べさせてもらうこともなかったと思う。
四人で食卓を囲んでいても孤独を感じていたあの頃よりも二人だけの食卓の方が胸を温かくしてくれるのはなんでだろうか?
上手く言葉にできないが……有栖が自分自身のことよりも零のことを優先してくれたことを嬉しく思っていた。
「……ありがとう、有栖さん」
「そんなに感情を込めて言うことじゃあないよ。それに、ほら……私も誰かの分の食事を盛り付けるのって初めてだしさ。こっちもこっちで色々と感慨深いものがあるんだなって……」
強く感情を込めた零の言葉にはにかみながら、有栖もまた誰かのために食事をよそってあげるという初めての行為の新鮮さを実感していた。
見栄え良く、バランスも良く、そして相手が好きそうなものを選んでよそわなければと意識すると緊張してしまったし、中々結構難しいとも思った。
ただ、それを嫌だとは思わなかったし、こうして零が喜んで暮れている姿を見ると、上手く言葉にできない歓喜と感動が入り混じった想いが胸に込み上げてくる。
「次は俺が有栖さんの分を盛り付けるよ。お皿、貸して」
「ええ~、そうしたらいつものお礼にならないよ~」
「いいから。俺がそうしたいって言ってるんだから、やらせてよ。お願い」
「……うん、わかった。じゃあ、よろしくね」
有栖から差し出された皿を受け取った零もまた、彼女のために鍋の具材をその中に盛り付けていく。
普段やっていることとほぼ同じだが、今日はどうしてだか不思議と特別なことをしているような気持になれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう! あはは、零くん、やっぱり上手だね。私のとは大違いだ」
「そんなに変わらないよ。それに、大事なのは盛り付けの上手さよりも相手を思い遣る気持ちでしょ? それが籠ってれば、見た目なんて関係ないさ」
「ん……そっか。ふふふ、零くんは気持ちを込めてくれたんだね」
「それは有栖さんもでしょ? 違うの?」
「えへへ……違わないよ。ふふっ、なんかまた恥ずかしい会話しちゃってるね」
料理も人間も見た目よりも中身が大切。そんなことを言いながら、またしてもイチャついているような会話を繰り広げる二人。
お互いに笑い合いながらも、今度は気恥ずかしさによる無言の時間を作ることなく二言、三言言葉を交わした零と有栖は、ランチョンマットの上に鍋を盛り付けた小皿と白米とを並べた後で手を合わせる。
「ふふふ……っ! だめだ、なんか笑っちゃう。自分で言うのもあれだけど、気持ち悪いな、今の俺」
「そう? 私はかわいいと思うけどよ。それに私もついつい笑っちゃうし、私たちおんなじだね」
つい笑みがこぼれてしまう食卓とは、こういうことを指すのかもしれない。
今までそんな食事の時間とは無縁だった二人が同じことを思う中、手を合わせた零と有栖はお互いに顔を見合わせた後で笑顔を浮かべ、声を揃えて言った。
「「いただきます!」」
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