パパッとやるぞ、下ごしらえ!

「は~い! 手洗いも終わって、調理の準備も完了しました~! じゃあいつも通り、材料の確認からやっていきましょうかね!」


「はい! よろしくお願いしますっ!」


 元気いっぱい、といった感じの返事をするしずくへと頷きつつ、キッチンの上に置かれているバットを手繰り寄せる枢。

 そこに並べられている食材を一つずつ指差しながら、しずくと一緒に確認を行っていく。


「まずはこの料理のメインとなる鮭から! どこにでも売ってる切り身を人数分用意してあればオーケー!」


「一人一切れ、わかりやすいね。これは簡単だ……!」


「お肉とかと違ってグラムじゃあないし、切り身のサイズはほぼ一定だから迷うこともないしね。こういう部分も初心者向けだと思うよ」


 魚料理の利点を説明しつつ、綺麗な橙色をしている鮭の切り身を指差し、解説を行う枢。

 いちいち何グラムだなんだと計量しなくていいのは助かるとな思いながら、しずくは別の食材が乗ったバットに手を出した彼の話へと耳を傾けていく。


「はい、こっちには野菜類が並べられてま~す! まあ、野菜って言っても大半がキノコなんだけどね。今回はエノキとしめじを用意してみました~!」


「わ~い、キノコだ~っ! 食べたら大きくなれるかな? ……ちなみにこれは一人前でどのくらい使うの?」


「大体一袋の四分の一の量くらいかな? 好みはあると思うけど、ホイル焼きの性質上入れられる量には限りがあるし、多ければ多いほど火の通りも悪くなっちゃうからね。欲張らず、適量が一番だよ」


「な、なるほど……! で、最後がニンジンさんかあ……!」


「うん、そう! こいつも一本の三分の一程度あれば十分だと思うよ! 残りはバターと油を少々って感じかな? お好みで小口ネギを刻んでどうぞって感じ! ……あっ! 味付けはポン酢とレモン風味のバター醤油があるから、そっちもお好みでよろしくね!」


 食材としてはメインの鮭を含めて四種類のみ。調味料を加えたとしても十品以下で収まってしまう量の食材たちを見たしずくは、思っていたよりも簡単に作れそうな雰囲気を感じてほっと安堵のため息を吐く。

 どうやら枢が何度も言っていた本当に簡単な料理というのは本当のことらしいなと考えた彼女は、並ぶ食材を見ながら思ったことをそのまま言葉として発してみせた。


「なんか、あんまり包丁を使わなそうだね。これならボクも指を切らないで済みそう……」


「おっ、よく気付いたね! この料理で包丁を使うのは、キノコの石突を落とす時とニンジンを切る時くらいのものだよ。だから、本当に簡単なんだよね!」


「へぇ~……! あのさ、どうしてこの料理を芽衣ちゃんに教えなかったの? 生姜焼きも簡単だけど、こっちの方が楽そうじゃない?」


「う~ん……放置ができないから、かな? 生魚って買ったその日の内に調理するのが基本だと思うから、そこまで含めると結構面倒でもあるんだよね。生姜焼きとかの場合は作り置きもできるけど、鮭はそういうわけにもいかないしさ……」


 なるほど、と枢の説明を聞きながら頷くしずく。

 作るのが簡単なだけでなく、生活の一部に料理を組み込むことを考えた上で教えるレシピを考えているのだなと、一つ前の愛鈴回でも感じられた彼の気遣いや思いやりに彼女が感謝する中、枢は本格的な料理の作り方を説明していった。


「まずは下ごしらえから。鮭は両面に酒と塩を振って、そのまま十分くらい放置。そうすると水が出てくるから、キッチンペーパーで丁寧に拭き取ろうね」


「は、はい! えっと、鮭に酒を振って、その後で塩を……あ、ギャグじゃないよ? ってだめだ! 集中、集中……!」


 一人でわたわたと騒ぎながらも鮭の下ごしらえを頑張るしずくを見守りつつ、彼女のサポートをする枢。

 適量の酒と塩を振りかけた鮭をバットに放置しておく間にやるべきことを、しずくへと指示していく。


「じゃあ、お次はニンジンを細切りにしていこうか。大体サイズはマッチ棒と同じくらいかな?」


「ま、マッチ棒……!? ボク、もう何年もマッチなんて見てないんだけど……?」


 包丁を手に、びくびくとしながらニンジンをどのくらいの大きさに切るべきかと悩むしずく。

 そんな彼女にお手本を見せてあげた枢は、優しくしずくの調理を見守っていく。


「大丈夫。別に急ぐ必要なんてないから、ゆっくりやればいいんだよ。大きさも大体でいいし、緊張しないで」


「う、うん……大体の大きさで、ゆっくり、ゆっくり……!」


 自分を落ち着かせるように言葉を繰り返しながら、しずくが包丁を動かしていく。

 ゲームで鍛えられた空間把握能力の賜物か、あるいは元々のセンスの良さのお陰かはわからないが、リラックスしながらの作業は実にスムーズで、お手本とほぼ変わらないサイズでニンジンを細切りにしてみせた彼女へと、枢が拍手と共に賞賛の言葉を贈る。


「すごいじゃない! 完璧だよ、完璧!」


「え、えへへへへ……! や、やったぁ……!」


「ここまでくれば残りはキノコだけだよ! 石突を落として、手でほぐしておけば、それでもう下ごしらえは完了! ね? 簡単でしょう?」


「そ、そうだね……! なんか、楽しくなってきたや……!」


 あっという間に下ごしらえを終えてしまったしずくが、確かな手応えに笑顔を浮かべる。

 料理の楽しさを感じ始めたであろう彼女の笑顔を見つめながら、水が出始めた鮭の切り身を丁寧に拭き終えた枢は、満を持して本格的な調理の開始を宣言してみせた。


「んじゃ、本番のホイル焼きだ! ここが大事だから、しっかり覚えておいてね!」



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