どこにでもいる、偉大な凡人
砂嵐の画面が徐々に遠ざかっていけば、それを映していたのが旧式のテレビであることがわかった。
まるでゴミ捨て場に打ち捨てられているかのように無造作に放り投げられ、塔のように積み重なっているテレビたちは、皆一様に画面に砂嵐を映している。
真っ暗な世界の中で、寂しく砂嵐を映し出していたテレビたちであったが……突如としてその暗闇の中に煌めく星々が現れた。
赤に、青に、黄に、色鮮やかに輝く星々がその光を一層燃え上がらせながら地上へと流れ落ちてくる。
一つの流れ星が光を放ちながらテレビの中に吸い込まれれば、そこに乙女の配信画面が流され始めた。
次いで流れ星が入ったテレビの画面にはマコトの配信が、そこからも次々と流れ星が降り注ぎ、テレビの塔には【CRE8】に所属しているタレントたちの配信が映し出されていく。
その中には二期生である枢の配信も存在しており、自分もまたこの事務所の仲間であり、一部であることを示すようなその映像に零が心臓をドクンと跳ね上げる中、画面から見て真正面に存在していたテレビへと最後の星が吸い込まれていった。
そこに浮かび上がったのは【CRE8】を代表するタレントである夢川早矢の姿。仲間たちとは違い、配信画面ではなくこちらを見つめて笑顔を浮かべた彼女は、ゆっくりと目を開くと共に自分を見つめる人々へと言う。
『さあ……行くよ!』
彼女の宣言を合図に、早矢を映していた画面が眩い光を放った。
その光は暗闇に包まれた世界を照らし、明るく作り替え、広く綺麗なライブ会場を輝きで満たし、そして――
『はっ……!』
テレビの画面をぶち破るように、これまでの限界を打ち壊すように、平面の世界から早矢が出てきた。
自分を見つめるリスナーたちへと手を伸ばし、変わらぬ笑顔を見せながら……緩く手を握った彼女が、パチンと指を鳴らす。
それを合図にステージがライトアップされ、軽快な音楽が流れ始めた。
体全体を動かし、リズムを取るようにステップを踏みながら、自信の胸の内の喜びを表すかのように、彼女は大声で叫びかける。
『みんな~っ! 今日は集まってくれて、ありがと~っ!! 一緒に盛り上がって、最高の時間を過ごそうね~っ!!』
こちらへと笑顔を向けながら手を振り、呼び掛けてくれる早矢の姿を目にしたリスナーたちのコメントが雪崩のように殺到する。
平面から立体への進化と、画面の中から現実の世界へと飛び出すかのような演出でオープニングを飾った早矢は、そのまま見事なダンスと歌を披露して配信を見に来てくれたリスナーたちを沸かせていった。
【早矢ちゃ~ん!! 格好いいよ~! かわいいよ~っ!】
【ダンスキレキレじゃん! こんな踊れたんだ!】
【アカン、なんか涙が出てきた……】
【推しが歌って踊ってるっていう現実と、俺たちのためにここまで準備してくれたんだろうなって事実でもう、もう……】
【すっごい動く! やるな、CRE8!!】
零はVtuberの3Dモデルに詳しいわけではない。今、目にしている早矢のモデルの出来がどれだけすごいのかなんて、わかるわけでもない。
ただ、ダンスの動き一つ一つが滑らかに表現されていたり、指の動きまでもを精密に再現していたり、表情もまた2Dモデル以上に多彩に表していたりするところを見ると、技術とかそういったものを抜きにして素晴らしいと思ってしまう。
靡く髪やはためくスカートの動きだけでなく、アクセサリー類まで動くように設定された早矢の3Dモデルは、生きている人間と比べてもあまり変わりないように思えた。
だけど、きっと……そう思えるのはモデルの出来がいいからだけではなく、その中に存在する明日香の熱が籠っているからなのだろうと零は思う。
デビューしてから一年と少し、『自分の事務所を立ち上げる』という夢を胸に夢川早矢として活動し続けてきた明日香は、他の誰よりもその目標に向けて進み続けてきた。
真っ直ぐに夢を見て、それ以外のものも瞳に映して、Vtuberとして活動する中で見たもの、出会った人々を心の底から愛しながら、一歩ずつ前に進み続けてきた。
努力を、勉強を、研鑽を重ねて、自分に声援を送ってくれる人たちの想いに応えるためにと笑顔を見せながら彼らを楽しませて……今、3Dライブという晴れ舞台に立つ彼女の姿を見て、零は理解する。
これこそが、彼女が【CRE8】のNo.1である理由なのだろう、と。
彼女はどこにでもいる、普通の人。ただ自分の夢を追うことに一生懸命で、前へ前へと進み続けているだけの人。
今、この配信を見ている人間だって、一歩踏み出せば彼女のようになれる。自分の夢を追って、今すぐにだって駆け出すことができる。
彼女の言葉は、前に一歩踏み出すための勇気をくれる。
彼女の笑顔は、心に確かな希望の光を灯してくれる。
そして……彼女の活躍は、自分だって同じように眩く輝く存在になれると、そう思わせてくれる。
【CRE8】はVtuber活動を通じて夢を追う人間を応援する事務所。彼女はその理念を誰よりも体現した存在。
どこにでもいる、誰だってなれる存在だからこそ、人はその眩さに憧れを抱くと共に自分の想いを重ね合わせ、自分もと思わせてくれる。
それが夢川早矢、【CRE8】を代表するVtuber。
彼女はどこにでもいる普通の人間。ただ夢に向かって一歩踏み出し、今も走り続けているだけの……偉大な凡人だ。
「いつか、俺だって……!」
なってみたいと、素直にそう思える。
もしかしたら早矢は、明日香は、有栖がくれた熱と同じかそれ以上の炎を自分の心に灯してくれたかもしれない。
一人のファンとしてこのライブを見ようと思っていたが、どうやらそれは無理な話のようだ。
零はもう、彼女のことを追うべき存在として憧れと尊敬を込めた目で見つめている。
絶対に自分もそこに辿り着く。そして、彼女と同じかそれ以上にファンの心を震わせてみせる。
まだ遠い道のりの先、だけど歩みを止めなければきっと辿り着ける目標を胸に拳を握り締めた零は、自分の心が熱く震えていることを感じながら、早矢のライブパフォーマンスを見守り続けるのであった。
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