そして、当日……

「楽しみにしてて、か……まあ、言われなくても楽しみにしちゃうよなぁ……」


 そんなことがあって、またほんの少しだけ時間が流れて……今年ももう数えるほどしか日数がなくなった頃、零は家事をしながらそんなことをぼやいていた。


 本日はビッグ3の3Dライブ配信が行われる日、【CRE8】の箱推しファンだけでなく、Vtuberに興味を持つ者がSNSで落ち着きなくその期待を呟いている。

 零たちはというと、本日は配信をお休みしてそのライブ配信を見学することになっていた。

 有栖たちと一緒に見ようかとも考えたが、薫子から出された宿題について色々と考えたかった零は一人になることを望んだようだ。


 それに、どうせ同期たちには大晦日に会える。それまで一人で考えをまとめておくのも悪くない。

 どうしても何も思い付かなかったら、その日に相談しようと思いながら食器洗いを終えた零は、配信部屋に行くとデスクの前に座った。


 PCを起動し、SNSをチェックして、目前にまで迫った3Dライブに対するファンたちの反応を確認する零。

 『#CRE8・3Dライブ』というタグがトレンド入りしていることを目にした彼がそれをクリックすれば、ファンたちからの無数の期待の声が画面に表示される。


【いよいよ今日だー! ビッグ3のライブ、期待してます!】

【ついにマコトの姉御のライブを見る日が来た……! Familyの一員として、見届けさせていただきます!】

【乙女がどれだけ暴れるか楽しみ。もとい不安www】

【早矢ちゃんが3Dで歌って踊る姿を見れる日。会社も有休取って自宅で待機してます。デビューしたころから推してる身としては、本当に感慨深いです……】


 わかっていたことだが、ファンたちにとっても推しが3Dになる今日という日は特別な一日であるようだ。

 推しの一大イベントを自分のことのように喜ぶ彼らの反応に笑みを浮かべながら画面をスクロールしていけば、見知った人物たちの呟きが目に映る。


【#CRE8・3Dライブ、ついに今日ですね! 先輩たちの、【CRE8】の、大きな一歩を一緒に見守りましょう!@羊坂芽衣】

【先輩方の晴れ舞台、みんなと一緒に見守っていくさ~! コメント欄とかSNSで思いっきり騒ごうね~!@花咲たらば】

【いつかは立ちたい舞台だからこそ、私もしかとこの目に焼き付けたいと思います@リア・アクエリアス】

【なんか自分のことみたいにドキドキしてる。変だと思うけど、みんなも同じ気持ちなんじゃない?@愛鈴】


 同期たちの宣伝も兼ねた呟きには、ファンたちからの反応が寄せられている。 

 彼女らもやはり明日香たちの活躍に期待しているのだろうと、その気持ちに共感しながら更に画面をスクロールすれば、今度は一期生たちの呟きが表示された。


【今日は配信を休んで同期のライブを見ます!!! 契約者たちもそうしてくれっす!!!@柳生しゃぼん】

【芽衣ちゃんと一緒に早矢ちゃんたちのライブ待機中。スタバトのラストバトル以上にわくわくするね@魚住しずく】

【よっしゃ~! お前らも騒げ騒げ~! 今日はライブだライブだ~っ!!@左右田紗理奈】


 一期生たちも同期の大舞台を祝い、楽しみにしているようだ。

 同じ苦労を分かち合い、今日まで共に歩んできた仲間たちの活躍を見守る感動はファンたちや二期生たち以上に深く、強いものなのだろう。


 他にも、事務所や個人勢を問わずに多くのVtuberたちがビッグ3のライブについてコメントしている様子を見て取った零は、そこではっとすると自分もまたSNSにコメントを投稿していった。


【今日は俺もPCの前で先輩たちを応援するよ。一緒に盛り上がろうな@蛇道枢】


 今日は【CRE8】のタレントとしてではなく、ファンたちと同じ目線で明日香たちのライブを見守りたい。

 彼女たちを応援し、その行く末を見守る一人の人間として大勢の人々と盛り上がることが、自分の目標を決めるヒントになるような気がしている。


 それでなくとも純粋に先輩たちの晴れ舞台を見守りたいという想いを込めながら投稿したコメントには、枢のファンからの大勢の賛同の声が寄せられていた。


【くるるんも俺たちと一緒にサイリウム振ろうぜ!】

【マコトの姉御には世話になってるからな。枢も一緒に応援しようぞ!】

【いつかはくるるんも3Dになるだろうし、その時にどんなことをするのか考えながら見てほしい。って、気が早いとは思うけどさ……】


 普段は火炎瓶を投げ込んでくる彼らも、今日はふざけなしの真面目な反応を見せながら共にライブへの期待を盛り上げてくれている。

 多くの人々がインターネットの中で一つの想いを共有し、期待し、盛り上がる様を目の当たりにしながら、その現象を生み出している三人の姿を思い浮かべた零は、小さく息を吐くと共に小さく呟いた。


「すげえな、先輩たち。やっぱすげえよ」


 一つのムーブメントを起こし、これだけ注目されて、そしてその期待に応えるべく努力する。

 炎上というマイナスの方面でならば零もこの流れを見たことはあるが、プラスの方向でここまでの盛り上がりを見せた経験は一度もない。


 これがビッグ3が今日という日まで積み上げてきた努力の結晶なのかと……彼女たちのこれまでの活動の全てが反映されているかのような盛り上がりを目の当たりにして、改めて先輩たちの偉大さを噛み締めた零は、PCに表示されている時計へと視線を落とした。


 現在時刻、夜七時五十分。

 【CRE8】初の3Dライブ開始まで、あと十分。


 それを自覚した瞬間、零の心が大きく昂った。

 どうしてだかわからないが口元に笑みが浮かび、それを隠すために右手を顔に寄せた彼の目にこの日の主役である早矢のコメントが映る。


【いってきます。みんなに最高の夢を見せるために】


 彼女が新たな一歩を踏み出す号砲となる、短い文章。

 マウスカーソルを動かし、いいねをクリックした零が続いてその投稿に記載されているURLをクリックする。


 開いたページに表示された明るい待機画面と今まで見たことのない速度で流れるコメントを目にしてごくりと息を飲んだ彼の前で……配信画面が真っ暗に染まった。

 壊れたテレビの画面のように、砂嵐がザザーッと音を響かせながら流れる映像を見た零は、早鐘を打つ心臓とは真逆に冷静になっていく頭の中で思う。

 ライブが、始まったのだ……と。

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