出発進行、カロライナ号

「機関車、やっと乗れるね。今度はさっきみたいなトラブルに巻き込まれなくてよかった」


「あはは! あんな人たちに何度も遭遇するだなんて、そんなの完全に厄日だよ! そうそう巻き込まれるもんじゃないし、心配することないって!!」


 それぞれがそれぞれの心情を隠したまま再合流し、ファストパスの時間に従ってお目当てだった蒸気機関車のアトラクションに向かって……今度こそ問題なく乗り物に乗り込もうとしている零と有栖は、一見すると普段通りのやり取りをしているように見える。

 だがしかし、心の中ではお互いのことを意識しまくっており、今も自分の態度が相手の目に変に映ってないか心配し続けていた。


(大丈夫か? 俺、普段通りでいられてるか? 有栖さんに奇妙に思われてないか!?)


(平常心、平常心……! あとは笑顔を忘れず、楽しそうにして……!!)


 表面上は普段通りを装いながらも、内面では面白いくらいに動揺や緊張を抱えている。

 見た目からはわからない感情を抱えているという状況は、魂にガワを被せたVtuberという存在と酷似しているかもしれない。


 蛇道枢と羊坂芽衣という存在でもある零と有栖がそういった状況に陥っているというのは皮肉かもしれないが、今はそこで培った経験が役立っていることも確かで、ただでさえ余裕がない二人ではあるが、無意識の内にごまかすことができていた。


 ……まあ、普通に自分を取り繕うことでいっぱいいっぱいになっているせいで相手が見せている細やかな異変に気付いていないだけのような気がしなくもないが、それは置いておくことにしよう。

 とにかく、今の二人としては「自分は意識しまくっているけど相手はそうでもなさそうだし、変な態度を見せたら妙な雰囲気になってしまいそうだから絶対に変な態度を見せないようにしなくちゃな」という考えで一致しており、両片思いのような甘酸っぱい状況なのではあるが本人たちは全くそのことに気付いていないという面白いことになっている。


 普通の家族連れや大学生と思わしき集団が並ぶ列の横を通り過ぎ、係員にファストパスを見せて一足早く搭乗口へと向かっていけば、先のトラブルで顔を合わせた従業員が深々と頭を下げながら二人へと声をかけてきた。


「お客様、先ほどは大変ご迷惑をお掛けいたしました。すぐにトラブルに対処できず、本当に申し訳ありませんでした。ささやかなお詫びではございますが、もしよろしければアトラクションの最前列にご案内させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「本当ですか!? すごく嬉しいです!」


「有栖さんがそうしたいのなら、俺も異存はないよ。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」


「かしこまりました。では、こちらへ……」


 駅のホームを模したアトラクションの搭乗口を従業員に案内されながら進む二人。

 緑の車体に金色のラインが入った蒸気機関車が走ってくる様子を見つめながら、自分たちの目の前で止まったそれの扉が開いていく様を目にした二人は、アナウンスに従って中に乗り込んでいく。


『皆さん、こんにちは。ドリームライナー鉄道、カロライナ号へようこそ! スタッフの案内に従って、お客様同士で安全に注意しながら、機関車にお乗りください』


「有栖さん、外側の席に座りたいよね? 先、どうぞ」


「ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうね!」


 折角の観光鉄道系アトラクションだ、有栖には存分に移り変わる景色を楽しんでもらいたい。

 体の大きい自分が外側に座っては邪魔で仕方がないだろうと、そう考えた零が有栖に席を譲ることを申し出れば、彼女もまた彼の厚意に甘えて最前列の外側という最高の景色を楽しめる席に腰を下ろした。


「零くんは平気? 外の景色、見れる?」 


「大丈夫だよ。有栖さん小っちゃいから、問題なく見えます」


「あっ、ひど~い! 折角気を遣ったのにそんなこと言うなんて、零くんのいじわる」


「あはは、ごめんごめん。悪かったって!」


 ぷくっと頬を膨らませて拗ねる有栖のご機嫌を取る零。

 ある意味では普段通りのやり取りなのだが、今日は少しばかり抱く印象が違っている。


 なんだかもう、こういう細やかな反応というか、小動物のようなリアクションがかわいく見えて仕方がないな……という有栖の愛らしさを独り占めしている状況にちょっとした愉悦と感謝を抱いた零が彼女に見えない位置で右拳を握り締めてガッツポーズを取る中、続々と他の客たちが乗り込んできた機関車の中に再びアナウンスが響いた。


『大変お待たせいたしました。ドリームライナー鉄道カロライナ号、出発いたします。旅の間は立ち上がったり、外に手や頭を出さないよう、十分に注意してください。それと、たばこもご遠慮ください。煙を吐くのは、機関車だけで十分ですので』


「そろそろ動き出すみたいだよ。写真撮影は大丈夫みたいだし、スマホを準備しておいた方がいいんじゃない?」


「うん、そうだね! えへへ、楽しみだな……!」


 カランカランと、機関車が動き出すことを告げる鐘の音が響く。

 アトラクションの従業員たちが笑顔で手を振って見送る中、ゆっくりと走り出したカロライナ号はホームを飛び出し、テーマパーク内をぐるりと巡る旅がスタートした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る