ジャングルと草原を、走り抜けて

「わっ! 動いた、動いた!!」


「楽しみだねえ。でも、外に顔を出したりしちゃだめだよ?」


 そんな家族連れの会話を聞きながら、その子供と同じように胸を高鳴らせる有栖。

 最前列の外側という、一番景色が見やすいポジションに座っている彼女は、他の乗客の誰よりも早く機関車の外に広がる緑の景色を目にして、感嘆のため息を吐いた。


『さてさて、ここからは私が案内を務めさせていただきます。現在、この列車は木々が生い茂るジャングルを通っている最中です。耳を澄ませてみると……ほら、動物たちの声が聞こえてきませんか?』


 車内に響く壮年の男性の声によるアナウンスに従って、耳を澄ませる乗客たち。

 機関車の外に広がる壮大なジャングルの景色だけでなく、その合間から聞こえる動物たちの声を聞きながら、彼らはこの旅を楽しみ続ける。


『動物たちの声が聞こえたら、よ~く目を凝らしてください。木々の間に彼らの姿が見えるかもしれませんよ? このジャングルにはどんな動物が生息しているのか? それを調べるのも一興ですが……夢中になり過ぎて機関車から落ちないように気を付けてくださいね。うっかり転げ落ちてしまったら、あなたが彼らのディナーになってしまうかもしれないんですから!』


 少しおどけた様子ながらもそこそこ怖いことを言っているアナウンスだが、これもまた興奮した子供たちが機関車から身を乗り出さないようにするために必要な注意喚起なのだろう。

 その証拠に、先ほどまで興奮MAXといった感じでジャングルを食い入るように見つめていた子供が、やや冷静さを取り戻して母親に身を預けるように引いた体勢を取っている。


 だがまあ、ある程度のたしなみを身につけている大人にはそんなことは関係ないようで、瞳をきらきらと輝かせている有栖はとても楽しそうな表情を浮かべながらジャングルに隠れている動物を探し続けていた。


「零くん、何か見つかった? 私、まだ一匹も見つけられてないんだけど……」


「ん~? 俺は虎を見つけたけど、有栖さんは気付かなかったかな?」


「えっ、本当!? うわ~、見逃しちゃったなぁ……」


 きゃっきゃっと騒ぎながら、少しだけ残念そうに呻く有栖。

 そんな彼女が何の気なしに顔を上に向ければ、高く伸びる木々の枝の先に何かの姿を発見する。


「あっ、いた! 蛇だよ、蛇!!」


「おっ、どれどれ……? 本当だ! よく見つけたじゃん!!」


「えへへ、でしょ~?」


 緑色の木々に紛れて枝に巻き付く、大きめのサイズの蛇。

 赤と黒という毒々しい見た目をしているその蛇は結構目立ちそうではあるが、位置が位置なだけにジャングルの奥の方を見ていると気が付かなかったりする。


 零も見つけられなかった大蛇を発見できたことに喜ぶ有栖がふんすと鼻を鳴らして胸を張る中、森を通り抜けたカロライナ号は綺麗な川のせせらぎが特徴的な草原へと差し掛かっていた。


『先ほどのジャングルとは違った意味で緑が美しい草原でしょう? ここでは遊牧民たちがのびのびと生活しています。ほら、川の向こうで手を振っている人がいるのが見えますか?』


「お、本当だ。羊飼いみたいな人が手を振ってるじゃん」


「あれは……人形さん、だよね? さっきの蛇もそうだろうけどさ」


 本当に遠く、対岸の岸に見える小さな人影がこちらに向かって手を振り続けている様を目にした有栖が呟くような声量で零へと問いかける。

 子供たちの夢を壊さぬように配慮した彼女へと小さく頷いた零がまた新たな発見を求めて草原へと視線を向ける中、同じく外の景色を見つめた有栖が笑みを浮かべながら口を開いた。


「なんかあれだね。私が蛇を見つけて、零くんが羊を見つけてってなると、ちょっと面白くなっちゃうね」


「あはは、確かに。さっきの蛇の色合いとか見てると、他人とは思えないもの」


 正確には自分は蛇ではなくて蛇使いだけどね、というお決まりの文句を心の中で呟きながら、有栖の言葉に同意する零。

 大声でVtuberとしての素性を明かすような会話を繰り広げるわけにはいかない有栖は、彼の耳元へと唇を寄せるとこそこそ話をするように小さな声でこう囁く。


「あのさ、もしかしたら他にも私たちと関係のある何かが見つかるかもしれないよね? 天秤とか水瓶は難しいかもだけど……かにとか魚ならいるんじゃないかな?」


「そうかもね。じゃあ、一緒に探してみる? そういう楽しみ方もありっちゃありでしょ」


 有栖と同じく、彼女の耳元に口を寄せて、囁くように答える零。

 そうした後で顔を見合わせて笑った二人は、もう一人の自分たちであるVtuber関連のあれこれを探して外の景色を眺めていく。


 いて座は弓と矢でいいのかなだとか、おとめ座は女の人だから簡単に見つかっていいだとか、もしかしたらジャングルにもっと動物がいたかもしれないねとか……そんな取り留めない会話と共にアトラクションを楽しむ二人を乗せたカロライナ号は、トンネルへと突入していった。


『ここからは暗い洞窟の中へと皆さんをご案内します。安心してください、この中は安全ですし、視界が悪いのも少しの間だけですから』


 明るい外の景色から一変、暗闇に閉ざされた世界の中に怯える子供たちの声と男性のアナウンスが響く。

 有栖もほんの少しだけ怯えを感じて零の服を指で摘まむ中、ゆっくりと走り続けた機関車が次のポイントへと到着し、乗客たちへと新たな光景を披露してみせる。

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