パレード後、有栖の心境

「手、繋いじゃった……! あああああ……どうしよう? 私、変なことしてなかったかなぁ……!?」


 トイレ近くの物陰に隠れ、顔を真っ赤にしながら苦悶する有栖。

 彼女も彼女で先の行動に照れやら羞恥やらを感じているようで、人目に付かないところで悶絶している真っ最中であった。


 未だに左手に残っている大きく武骨な、でも優しく力を込めてくれた零の手の感触を思い返した有栖がじわりと瞳に涙を浮かばせる。

 小さな手で胸を押さえ、深呼吸を行いながら気持ちを落ち着かせるという、同じタイミングで零がしていたこととほぼ同じムーブを見せる彼女は、やっぱり彼と同じように全く落ち着かない心臓の鼓動と心の乱れに一層パニック状態になりながら呟く。


「手汗とか大丈夫だったかな……? 緊張してたし、びしゃびしゃだったらどうしよう……? っていうか、零くんを困らせてたりしたら本当にどうしようだよ……」


 手を繋ごうという提案は自分からしたし、零もそれを快く飲んでくれた。

 彼とはハグだってしたし、膝の上に座ったりもしたし、そういった大胆な行動をしてきたことを考えれば、今更この程度でてんやわんやになることの方が変だというものである。


 事実、浮ついて口数が多くなっている自分とは対照的に零の方は平静というか物静かな態度を見せていたわけで、妙にテンションが高くなっていた自分自身の様子を彼が変に思っていないかが不安で不安で仕方がない。

 きっと零からすれば大したことはしていないといった感じなのだろうし、手を繋ぐという行動もはぐれないために取った対策であってそれ以上の意味はないということなのだろう。


 普通に考えれば、彼の考え方と反応の方が正しいはずだ。

 先にも述べた通り、既に自分たちはハグやらなんやらの手を繋ぐ以上に大胆な行動に手を出しているわけで、今更この程度で動揺したり舞い上がっている有栖の方がおかしいのだから。

 有栖自身もどうして自分がここまで緊張しているのかわかっていないし、それが故に混乱しているわけで……まあ、要するに、この二人は同じように心の中では浮つきに浮つきまくっていたということである。


「……零くん、やっぱり優しかったな。本当に気遣いが上手だ」


 きゅっ、と先ほどまで彼に握ってもらっていた左手を見つめながら、顔を赤らめた有栖がぽつりと呟く。

 未だにそこに残る温もりと、武骨で大きめながらも優しく力を込めて自分を離さないようにしてくれた零の手の感触を思い返す有栖は、ふぅとため息を吐くと共にゆっくりと拳を開いていった。


 この半年の付き合いで十分過ぎるほどに理解していたことだが、やっぱり零は優しい。

 有栖の強く握り過ぎたりもせず、されど緩過ぎて逆に放しそうになったりすることもない力加減で手を繋いでくれたし、人ごみの中で気を遣いながら自分を引っ張ってくれてもいた。


 それに、左手を掴んでくれたのも利き腕である右腕を自由に使えるように配慮してくれた結果なのだろうと考えた有栖は、というたった一つの行動の中から感じられる零の思いやりに小さな微笑みを浮かべる。

 さり気ない部分でもしっかりと自分をエスコートして、今日のお出掛けを楽しんでもらえるようにしてくれている零の心遣いに感謝しながら、有栖は胸の鼓動が少しずつ落ち着いてきていることを感じ、息を吐いた。


(でも、そこまで考えて行動してくれてるってことは、零くんには余裕があるってことだよね。動揺しっぱなしだった私と全然違うし、やっぱり零くんはすごいなあ……)


 ほんのちょっとだけ落ち着いた気持ちのまま、今度は若干ネガティブな思考へと突入する有栖。

 パレードの最中、手を繋いでいる間はずっと顔を真っ赤にして俯いていた自分と違って、零は移動やポジション取りなどの諸々を一手に引き受けてくれていた。

 その中でも先に挙げたような気遣いを見せてくれていたし、そういった面で余裕がある彼の反応を見ていると、やっぱり自分とは大きく違うなという感想を抱いてしまう。


 釣り合っていないとか、そういうことを言うつもりはない。零と自分はただの友人だし、恋人としてああだこうだと考える必要なんてないのだから。

 でも、現役アイドルである【SunRise】のメンバーと邂逅した直後にこういうことがあると、格が違うとわかっていながらも彼女たちと自分とを比較してしまう。


 自分がもっと背が高かったり、胸が大きかったり、大人としての余裕がある女性ならば、零も少しは意識してくれたのだろうか?

 動揺してくれたり、緊張してくれたり、平静を保たずに自分と似たような反応を見せてくれるのだろうか?


(無理だよね……私、色んな意味で子供っぽいし。意識されなくて当然かあ……)


 低い身長と薄い胸。性格も気弱で常におどおどしている。

 大人の女性とは真逆の特徴を併せ持つ自分が李衣菜や沙織のような人物になる日は遠いと……むしろ、永久に来ない気しかしないと思いながら、零の反応も当たり前だと考え、自嘲気味に納得する有栖。


 別に恋愛関係になりたいとかそういう意思はないが、そういう女性と出掛けた方が零も刺激があって楽しかったんだろうなというこれまたネガティブ一直線な思考に囚われかけた彼女は、ふるふると首を振ってその考えを頭の中から追い出した。


「だめだめ。零くんが折角気を遣ってくれてるんだもの、私が沈んだ気分でいたら意味がないよ。明るくなろう、笑顔を大事にしていこう……!!」


 そう自分に言い聞かせながらも、やっぱり簡単に気持ちを切り替えることができないでいる有栖が盛大なため息を吐く。

 幸せが逃げていってしまうぞと思いながら、口を閉ざした有栖は、トイレに行くと言ってから随分と時間が経っていることに気が付いた。


「あう、そろそろ戻らなきゃ……! あんまり時間をかけすぎると、変な誤解されちゃうよ……!!」


 何とは言わないが、零に誤解をされては困る。

 そのことを彼が追及するだなんてこれっぽっちも考えてはいないが、それでも乙女としての尊厳を考えると妙な誤解を与えるような真似は慎んだ方がいい。


 今ならまだ、トイレが混んでいたという言い訳で納得してもらえるかもしれないと思いながら、有栖は零から離れた時よりも慌てた様子で彼の下へと戻っていくのであった。


 

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