パレード後、零の心情

「パレード、すごかったね! 集まった人たちみんな夢中になってたし、リピーターが増えるのもわかっちゃうなあ……!」


「ああ、うん……そうだね……」


「ダンサーさんたちもすごく機敏だったし、よくあんな大きな着ぐるみを着て飛んだり跳ねたりできるなって思ったよ。って、それは言いっこなしかな?」


「ああ、うん……そうだね……」


 壊れたレコードのように、興奮気味の有栖へと同じ言葉を繰り返す零。

 異変というか、不調というか、完全におかしくなっているように見える彼の態度にツッコミを入れることなく、有栖は楽しそうに話しかけ続けている。


 昼のパレードが終わって、広場から人々が解散して、彼らに合わせて自分たちも機関車のアトラクションへと向かっていた二人は、ファストパスの時間と現在時刻を確認して、まだ少しだけ時間に余裕があることに気が付いた。

 未だにどこかぼーっとしている零の顔を見つめながら、有栖が少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべて言う。


「あのさ、零くん。ちょっとだけお花摘みに行ってきてもいいかな? すぐ戻ってくるからさ」


「ああ、うん……気を付けてね……」


「ありがとう! ごめんね! 少しだけ待っててね!」


 零から承諾を得た有栖が、ぱたぱたと足早にトイレへと走り去っていく。

 我慢の限界が近いのか、随分と慌てた様子で駆けていった彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめた零は、そのまま自分の右手を口元に運ぶと声にならない声を漏らした。


「~~~~~っ!!」


 甲高い悲鳴というべきか、人の耳に響かない高音域の声というべきか……とにもかくにも、一見すると何事もなくただ咳でもしているようにしか見えない零であったが……その内心は未だかつてないほどに乱れていた。


 デビュー時の炎上に際しても、その後の諸々の放火への対処の際にもあまり乱れることのなかった自分の心が激しく揺れていることに零は驚きを隠せないでいる。

 両手で顔を覆い、その下で深いため息を吐いた彼は、騒がしい人々の声に紛れるようにして呻きにも近しい呟きを漏らした。


「落ち着かねえ……! なんだ、これは……!?」


 異性と手を繋ぐという行為はここまで緊張するものなのか? というより、精神的な疲弊がすさまじ過ぎる気がしなくもない。

 そもそもプリクラやら先の記念写真の撮影においてハグまでしているというのに、今更手を繋ぐだけでどうしてここまで自分は動揺しているのかと困惑する零は、改めて有栖と繋いでいた右手を見つめながら呟く。


「小さかったな……あと、温かくて柔らかかった」


 なにを変態みたいな感想を口にしているのだと、自分の発言に対してツッコミを入れる零。

 それだけ今の自分は冷静ではないのだと自覚すると共に深呼吸を行った彼であったが、それでも胸の鼓動は治まってくれない。


 右手に残る小さくて温かい有栖の手の感触を思い返すようにそこを見つめながら、そんなことをしていては戻ってきた有栖に不審がられてしまうぞと思い直してぶんぶんと首を左右に振った彼であったが、どうにも本調子に戻らないままの自分に辟易としていた。


(何を考えてるんだ、俺は? 不埒なことは何も考えてないって言っといてこれかよ……) 


 ただはぐれないための対策で手を繋いだのだと自分に言い聞かせておきながら、馬鹿な自分の心臓はこれまた馬鹿みたいに早鐘を打ち続けている。

 この調子ではエスコートするどころか、まともに有栖の顔を見ることもできないじゃないかと心の中で自分を叱責した零は、ようやく本格的に自身を落ち着かせにかかった。


 もうわかりきっていることだが、やはり今日の自分は心が浮ついている。それは間違いない。

 有栖に楽しんでもらうはずが、彼女よりも自分の方が楽しんでいる気がしてならない零は空を見上げて息を吐くと、自分に向けてのアドバイスを口にした。


「落ち着け~……! とにかく冷静になって、話はそれからだろうが……!!」


 このまま落ち着きのない態度で接し続けたら、有栖だって不安になるし奇妙にも思うだろう。

 というより、もう彼女は変な自分の態度に気が付いているが、敢えて見て見ぬふりをしてくれているようにしか思えない。


 エスコートをするはずの相手に逆に気を遣われてどうするよと自分自身にツッコミを入れつつ、もうこれ以上は良くないぞと言い聞かせつつ……そうしている間に少しずつ落ち着き始めた零は、有栖のことを思いながらこんなことを考えていた。


(俺はこんななのに、有栖さんは普通だったよなあ。やっぱ肝心なところは有栖さんの方が強いわ……)


 手を繋いだことで零の心はしっちゃかめっちゃかになっているというのに、有栖の方は普段とあまり変わらない態度を見せ、会話を主導してくれていた。

 肝心なところでおかしくなる自分と比べて、いかに彼女の肝が据わっているかを思い知らされた零は、もう何度目かわからないため息を吐きつつ、ぼそりと呟く。


「それだけ男として意識されてないってことなのかね。アウトオブ眼中、的な……」


 慌てたり緊張しているのは自分だけで、有栖は本当に平然としている。

 ハグも二人きりで過ごす夜も経験したのだから、今更こんなことでは動じないというのもそうなのだろうが、自分と違って彼女は零のことを異性として意識していないのかもしれない。


 別に悔しくも悲しくもないしそれが同僚として正しい姿だとは思うのだが……自分だけが馬鹿みたいに動揺している現状を思うと、少しばかり心が傷付いてしまうことも確かだ。

 だが、それを有栖に言うわけにもいかないし、むしろ彼女が平然としてくれて助かっている身としては、そのことに感謝する以外の感情はない。


「有栖さんが戻ってくるまでには元通りになっておかないとなぁ。マジで普通になれよ、俺……」


 ぼんやりとそう独り言をこぼしつつ、またしてもため息。

 幸せが逃げていくぞと思いながら、ぼりぼりと首を掻く零。


 本当に情けない男だなと、有栖を見習って少しは気丈に振る舞えと自分自身に言い聞かせる彼であったが、その有栖が今、何をしているかというと……?


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