社長さんに、相談だ

「……で、私に相談を持ち掛けたってわけかい?」


「は、はひぃ……!」


 つい十数分前に同じ台詞を別の人物に言ったような気がするなと思いながら、まるでドラマの再放送が如く振る舞う薫子。

 彼女の正面にはほんのりと顔を赤らめながら俯く有栖の姿があり、先の零の相談を思い返した薫子は小さく息を吐いてから話をしていく。


「零からお礼として遊園地のチケットを渡されて、一緒に遊びに行こうって誘われたんだろう? もしかして行きたくないのかい? それとも、返事に困ってるとか?」


「い、いえ、そんなことはないです。嬉しかったですし、チケットも受け取って、行くって返事しましたから……」


「じゃあ何を迷ってるんだよ。あとはもう、デートを楽しんでくればいいじゃあないか」


「で、でぇと……!? はうぅ……!」


 ぷしゅ~っ、と頭から湯気を立ち昇らせながら更に顔を赤くする有栖。

 ちょっとストレートに言い過ぎたかなと反省しつつ、傷心モードの自分が甘ったるい場面を見せつけられたらそのくらいは言ってしまうだろうと思いつつ、相手へとそんな疑問を投げかけた薫子へと、有栖が言う。


「わ、私なんかでいいのかな、って……折角、福引で当てた結構いい遊園地のチケットなんだから、もっと別の人を誘ってもよかったんじゃないかな、って……お礼とか気にして、私を選んだとしたら、零くんに申し訳ないなって……」


「……沙織とかを誘えばよかったのにって、そう思ってるのかい?」


「少し……あと、それこそ狩栖さんを誘ういい口実になったと思いますし、もっと有効的な活用方法があったような気がして……」


 もじもじと指を絡ませながら零から受け取ったチケットを見つめ続ける有栖の姿に、ちょっとした面倒臭さを感じた薫子が大きなため息を吐く。

 謙虚な性格ではあるが、それが高じて卑屈になっている彼女に対して、薫子はこうアドバイスを送った。


「有栖、私は零の叔母としてあいつの性格は熟知してるが、お礼のためだけに他人に気を遣うような人間じゃあないよ。お前に対して感謝の気持ちはあるだろうが、そのためだけに自分が望まないことはしない。こうしてチケットを渡した以上、あいつだってお前と遊びに行きたいって少なからず思っているはずさ」


「それも……わかってます。チケットを受け取った時、零くんも嬉しそうにしてくれてましたから。問題はそこじゃなくって、私で良かったのかなって考え続けちゃう私の方なんですよね……」


 零の性格上、我慢に我慢を重ねて有栖を遊びに誘ったわけではないと薫子が言えば、有栖もまたその部分は理解していると答える。

 その上で、自分の卑屈な性格が問題なのだと続けた彼女は、小さなため息の後でさらにこう述べていった。


「そうやって私が迷って、悩んで、お出掛けを楽しめなかったとしたら……零くんはきっと、自分のエスコートが足りなかったせいだって考えると思います。一緒に遊んだり、お出掛けできて嬉しいのに、私の卑屈な性格のせいで零くんを凹ませたらどうしようかなって、そう思っちゃったりするんです」


 自分に対する自信の無さと、周囲に魅力的な女性が多いが故の悩み。

 そういった苦悩を抱える有栖の言葉に頷くことで理解を示しながら、薫子が口を開く。


「まあ、その気持ちもわからなくもないよ。でもね、さっきも言った通り、零は仕事ならまだしも、プライベートで嫌いな奴と出掛けたりなんかしない人間だ。お前に対する好感度が低いなら、自分からデートに誘うだなんてことするはずがない。お礼とかそういうのを抜きにして、有栖と一緒に遊べることをあいつは喜んでるはずだよ」


「は、はい……」


「自分を誘うよりもいい使い道があったと思う気持ちは理解するが、その考えにばっかり囚われてもよくない。そこまでわかっているのなら、逆にあいつがお前さんを誘ってよかったって思えるくらいに楽しもうと吹っ切れた方がいいと私は思うよ」


「そう、ですね……! もう行くって返事しちゃったんですもん。今更悩んでもどうしようもないし、うじうじしてても零くんに失礼ですもんね……!」


 少しだけ、アドバイスを受けて前向きになった有栖がきゅっと拳を握り締めながら言う。

 顔を上げて頷く彼女の様子に笑みを浮かべた薫子は、更にこう続けた。


「楽しんできなよ。たまにはパーっと息抜きするのも大事なことさ。まあ、今回のデートのことを配信で喋ったら炎上間違いなしだろうから、ネタ探しには使えないだろうけどさ」


「で、デートじゃないですよ。ただのお出掛けです、お出掛け。でも、そうですね。私が肩の力を抜いて楽しまないと、零くんも誘った意味がないですもんね」


 ようやく平常心を取り戻し始めた有栖が、恥ずかしそうにはにかみながら薫子へと答える。

 これでもう安心だと、上手いこと甥をアシストできたことに対して薫子が満足気に頷いていると――


「ありがとうございます、薫子さんに相談してよかったです。私、こういう時にどうすればいいのかわからないから混乱しちゃって……大人の女の人が傍にいてくれて、本当に助かりました!」


「あ、う、うん……! ま、まあ、ね。こ、この程度で良ければいくらでも相談に乗るよ、うん……!」


 そういう経験が豊富そう……という有栖からの信頼に対して、見栄を張った薫子が若干の動揺を見せながら大人ぶる。

 その手はわずかに震えているのだが、彼女に尊敬の眼差しを向けている有栖は気が付いていないようだ。


「長々とお話するのもご迷惑でしょうし、私はこれで失礼します! 遊園地を楽しめるよう、一生懸命頑張りますね!」


「あ、うん……そんなに肩に力を入れずに、楽しんできなよ~……」


 そうやって、明るい笑顔を浮かべながら部屋を出ていく有栖を見送りながら、薫子は思う。

 もしかしてあいつら、現時点で自分よりも青春的な経験を積んでるんじゃないか、と……。


「いかん、雨が降ってきたな……雨漏りしてるのかな、この部屋……」


 そっと、窓際に立った薫子が先ほどと同じように空を見上げながら一人呟く。

 何故だかよくわからないが、彼女の瞳からは熱い滴がこぼれ落ちているように見えた。

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