ヤケクソ気味に、誘おう
「ったくよ~……とりあえず誘えとか、薫子さんってば繊細な男心をわかってねえよなあ……だから未だに恋人いないんだよ、あの人」
社長室を出て、ぶつくさと文句を言いながら廊下を歩いていた零は、そこで愚痴を中断すると大きな溜息をこぼした。
なんだかんだで薫子の言うことが正しいということを理解している彼だが、だからといって話はそう簡単なものではないのである。
(そもそもサクッと誘えたら最初からそうしてるんだよ。巡り合わせとか時期とか、そういう諸々のタイミングが悪いからこうして悩んでるんだっつーの……)
夏のお出掛けと違い、今回は仕事は全く関係ない完全なるプライベートのお誘いで、しかもクリスマスが近づいてきているという時期でもある。
そんな状況で男女二人が遊園地などというスポットに出掛けたら、もうそれは完全にデート以外の何物でもないではないか。
しかも、自分たちは少し前にそこそこ大胆なことをしてしまったわけで……そんな状況でそれっぽいデートをするとなれば、緊張するのも当然の話だろう。
そういった部分に考えを向けてくれてないよなと薫子に対しての愚痴を心の中でこぼした零は、再びため息を吐くと共に現在の悩みを小さな声で呟く。
「はぁ~……有栖さんにどう話を切り出すべきかな~……?」
何か上手いこと、いい感じにこのチケットを渡す方法がないものか?
いや、上手いこととかいい感じとかの具体例は一切思い付かないのだが、とにもかくにも有栖にチケットを渡す自然な流れをどう作り出すか? ということについて零が悩んでいると……?
「零くん? 私のこと、呼んだ?」
「うえっ!? あ、有栖さんっ!?」
唐突に響く、自分を呼び止める声。
その声に驚いて振り向いた零は、そこに有栖の姿を見て取ると共にごくりと息を飲む。
そういえば自分の後に面談に来るのは有栖だったと薫子が言っていたような気がするな~、と地味に大事なことを思い出すと共に今の自分の呟きを聞かれていたことに焦る零に対して、彼女は一歩詰め寄るとこう問いかけてきた。
「話を切り出すって、私に言いたいことがあるの? もしかして、何か相談……とか?」
「い、いや! 相談ってわけじゃなくって、その、ちょっと……」
「ちょっと、なに? 言いたいことがあるなら遠慮せずに言ってよ! 私、零くんの力になりたいし、恥ずかしがる必要なんてないって!」
ふんす、と小さく膨らませた鼻から息を噴き出しながら、きらきらとした瞳で零を見つめながら……やる気を見せる有栖。
そんな彼女の姿に申し訳なさと気恥ずかしさを抱く零はどうにかしてこの状況を脱しようと目論むが、当の有栖には彼を逃がすつもりは欠片もなさそうだ。
「ほっ、ほら! 今は薫子さんとの面談が優先でしょ? 俺のことはいいから、先にそっちを……」
「まだ時間があるし、大丈夫だよ! 軽くでいいから、話してみてって!」
先日の一件から零のメンタルケアに一層やる気を見せるようになっている有栖は、話を聞かない限り納得してくれそうにない。
迷い、戸惑い、どうするかを考えた零であったが……ここはもう覚悟を決めなければならないだろうと自分に言い聞かせると、ポケットにしまったままの封筒へと手を伸ばしながらしどろもどろな感じで話をし始める。
「あの、さ……その、この間は、色々と慰めてくれたり、手料理を振る舞ってくれたりして、ありがとう、ね……。本当に、感謝して、ます……」
「いいんだよ、そんなの。友達なんだし、凹んだ時は助け合わないと! 零くんだって私にそうしてくれたでしょ?」
優しく微笑みかけてくれる有栖の姿が、いつもより眩しく見える。
デビュー配信の時も炎上中もこんなに緊張しなかったぞと思いながら、ポケットから封筒を取り出した零は、視線を泳がせながらこう続けた。
「それで、さ……この間ね、たまったま偶然、商店街の福引でこういうものを当ててさ……遊園地のペアチケットなんだけど……」
「ふぇ……?」
きょとん、といった表情を浮かべ、小首を傾げる有栖。
話が予想だにしていなかった方向へと流れていることに困惑している彼女へと、封筒の中に入っていたチケットを差し出しながら、零は噛まないように必死に言葉を紡いでいく。
「本当に、本当にね? 有栖さんが良ければの話なんだけどさ。その、この間のお礼ってことで、あの、その、えっと……」
「ふ、ふぁい……!?」
零が何を言おうとしているのかを察した有栖の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
多分、自分の顔にも彼女に負けないくらいの赤みが差しているんだろうなと思いながら、もうここまできたら自棄だとばかりに覚悟を決めた零は、一気にまくしたてるように有栖へと言った。
「俺と一緒に、遊園地に遊びに行きませんか!?」
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