当日、彼氏の思考
「テーマパークまで直通のバスなんてあるんだね。びっくりしちゃった」
「俺も初めて知ったよ。しかもこのチケット持ってればタダで利用できるだなんて、かなりありがたいよね」
――平日の朝、まだ少し暗さが残る時間帯、専用のバスターミナルに並ぶ零と有栖は、記憶にほとんどない遊園地へのお出掛けに浮足立ちながら話をしている。
電車で最寄り駅まで行って、そこから歩いて現地に向かうのではなく、所定の駅に存在している専用のバスターミナルから出ているバスに乗れば、直通で遊園地まで辿り着けるということに対して、二人は驚いているようだ。
「本当に知らないことだらけだなぁ……でも、その分、初めてのことをいっぱい楽しめるよね!」
「そうだね。ちょっとどころか、結構期待してるよ」
バスが来るまでの間、ベンチに座りながら有栖と話をする零。
楽しそうに笑ってはしゃぐ彼女の姿に、誘ってよかったと安堵の感情を抱く。
一日フリーパスとして使えるチケットを有効活用するのなら、朝早くから行った方がいいだろうと……そのせいで思ったよりも早い集合になってしまったことに若干の罪悪感を抱いてもいた彼は、優しく有栖へと言う。
「集合早かったし、バスの中で寝てもいいよ。着いたら起こすからさ」
「うん、ありがとう。実は昨日、楽しみでなかなか寝付けなくって……少しだけ眠いんだ」
ふあぁ、と小さな口を大きく開けて、恥ずかしそうにはにかむ有栖。
今日のお出掛けを楽しみにしていたという彼女の言葉に胸を弾ませながら、零はそんな有栖の本日のコーディネートへと視線を移す。
白いもこもこのセーターに同じく白のショートパンツ、更にかわいらしいショートブーツを合わせた彼女の姿は、通常衣装の羊坂芽衣に酷似している。
動きやすそうではあるが、太腿を軽く隠すくらいの丈しかないショートパンツのせいで脚の大半は露出しており、冬の気候的に寒くないかなと零はちょっとだけ有栖のことを心配していた。
かく言う彼も、シンプルな長袖の白Tシャツの上からファー付きのダウンジャケットを羽織り、下はお気に入りのダメージジーンズにスニーカーと、どこかで見たような恰好をしている。
細やかな装飾を除けば、二人ともまんま自分が担当しているVtuberの格好そのものだなと心の中で苦笑を浮かべる零であったが、同時に改めて有栖のことを見つめながらこんなことも思っていた。
(な~んだろうな、このかわいい生き物は……?)
眠そうにあくびをする口を手で隠す様子だったり、恥ずかしそうにはにかむ表情だったり、本日の服装であったり……有栖の一挙手一投足がとてつもなくかわいらしく思えて仕方がない。
寒さを承知で動きやすさとかわいらしさを両立するための服装で来てくれたりしているところを見るに、一生懸命にコーディネートを考えてくれたんだろうな……と考えれば、どうにも言葉にできない嬉しさが体の中を駆け巡る。
逆に自分の方はいつもとあまり変わらないというか、見慣れた格好というか……決して手を抜いたわけではないのだが、女の子のように大きく服装をチェンジするわけでもない男子である零からすると、自分のコーデが少し気が抜けているもののように思えてしまう。
「私は一生懸命服を選んできたのに、零くんの方はいつもとあんまり変わらないな」みたいなことを有栖が考えていたらどうしようだとか、でも逆に気合を入れて華美な格好で来たらそれはそれで怖いよなとか思いながら、色々と迷い続ける零。
以前のデートの時はそこまで気を遣わなかったはずなのに、仕事のためという理由付けがないとここまで緊張するものなのかと……完全なるプライベートでの有栖とのお出掛けに際して彼が大いに男の子しながらドギマギする中、予定時刻通りに巨大なバスがエンジン音を響かせながらターミナルへと入ってきた。
「あ、バス来たよ。行こう、有栖さん」
「あ、うん……!」
見た目の部分ではもしかしたらマイナス評価を下されているかもしれないが、気遣いの部分はしっかりしよう。
せめてしっかりと有栖をエスコートして、今日を楽しんでもらわなくては……と、考えた零は、彼女に先んじてバスに乗り込むと程良い感じの座席を選び、そこに座るよう促す。
「この辺がいいかな。後ろの方だと車酔いしちゃうし、タイヤの上だと振動が凄いしね。ここならそんな心配しなくていいと思うよ」
「あ、ありがとう、零くん……!」
二つ並んだ席の奥側に有栖を座らせつつ、荷物があれば預かるよと視線で問いかける零。
小さなポシェット一つしか持っていない彼女はふるふると首を振ってその申し出を断ると共に、やや落ち着かない様子で脚をもじもじとさせる。
ちょっと気を遣い過ぎたかなと、必要以上に世話を焼くことで有栖を逆に委縮させてしまったかもしれないと思いつつ、それを表情に出さずに彼女の隣の席に座った零が心の中で深く反省する中、当の有栖が何を考えているかというと――?
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