下準備は、厳しく

「愛鈴さん、物を切る時は左手を緩く握ってください。そうじゃないと指先を切りますよ?」


「愛鈴さん、包丁を下ろす時は真下に振るのではなく、引いて押す動きで食材を切ってください。その方法だと、硬い物を切る時にとんでもない被害が出る可能性がありますから」


「愛鈴さん、玉ねぎを切る時はまず頭と尻を切ってからにしましょう。そうしないとごろごろ転がって切りにくいですから。他の野菜も同じように切ってくださいね。……え? 玉ねぎの皮って剥き続けると最終的に玉ねぎ自体がなくならないかって? よし、ケツ突き出せ。思いっきりフルスイングしてやる」


 異様に丁寧な枢の指示がスタジオ内に響く。

 時折、それに混じってフルスイングされたハリセンのインパクト音や愛鈴の悲鳴がこだまする中、尻を抑えた彼女が涙目で愚痴をこぼす。


「ねえ、なんかおかしくない? 私が知る限り、もっとこの番組って和気あいあいとしてたはずなんだけど? 芽衣ちゃんとイチャイチャしたり、リアさまとほんわかのびのび料理作ってたりしてたじゃない。私ともそうしなさいよ!」


「バラエティーアイドルが二人と同じ待遇を求めるな。っていうか、立派な成人女性に対してここまで丁寧に料理のいろはを教える俺の気持ちにもなってくれ」


「うっ、うっ……! こんなのおかしいわよ。私だってデビュー時にはキラッキラのアイドル路線を歩んでたっていうのに、どうして二期生随一の三下お笑いキャラになっちゃったの……? 私のVtuber人生、どこで道を間違え、あいったぁっ!!」


「また野菜を抑える指が伸びてるぞ。猫の手意識しろって言ってんだろうが、怪我したいのか?」


「あんたの容赦のないハリセンツッコミのせいでケツの皮が破れて血が出るわ! 私の尻はたらばと違って肉が少ないんだから、もうちょっとデリケートに扱いなさいよ!!」


 とまあ、そんな騒ぎを繰り広げながらも、枢先生の厳しいチェックのお陰もあってか愛鈴はスローペースながらも着実に野菜のカットを進めていった。

 玉ねぎは半分に切った後、食べやすいサイズと形にカット。ピーマンとパプリカも同じく中の種を取り除いた後に一口大のサイズに切り分け、それぞれ容器に分けて入れていく。


「……うん、いいっすね。しっかり同じくらいの大きさに切れてますよ。これなら火の通りもまばらにならなそうだ」


「ひぃ、ひぃ……褒められてるはずなのにストレスが半端ない……! それで、次はどうすんのよ?」


「お待ちかねの肉の下準備です。野菜より切りにくいと思うんで、今教えたことを意識して注意しながら切ってくださいね」


「ま、またプレッシャー……!」


 野菜を切り終えたら、今度こそメインである豚ブロック肉のカットへ。

 先の苦い思い出を振り返った愛鈴は顔色を青く染めて息を飲むも、枢に注意されたことに気を払いながら包丁を握り締める。


「えっと……左手は緩く握った猫の手、真下じゃなくて、引いて押すを心掛けるようにして、切る……!!」


 硬い野菜とは違う、中途半端な柔らかさと弾力を持つ肉の手応えにびくびくする愛鈴であったが、右手の動きはしっかりとしている。

 これまで切ってきた玉ねぎたちと同じくらいの大きさになるよう調節しながら、時折失敗しながら……それでも、十分に合格点といえる肉のカットをしてみせた彼女のことを、枢は改めて褒め称えながらビニール袋を差し出した。


「いいじゃないっすか。段々包丁を使うのに慣れてきましたね。んじゃ、切った肉をこの中に入れてください」


「え? なに? まさかこのままビニール袋に入れて、ゴミ箱にダンクでもするつもり!?」


「んなわけないじゃないっすか。この中にしょうゆと砂糖を入れて、一緒に揉んでいくんすよ」


 愛鈴がカットした豚肉と共に名前を挙げた調味料を入れた枢が、袋の口を縛るとそれを愛鈴へと手渡す。

 言われた通りに肉と調味料とが混ざるように袋を揉み始めた彼女は、その傍らで自分が使ったまな板と包丁を洗ってくれている枢へと他愛のない話を振った。


「お~、思ったよりぶよぶよしてて面白いわね。たらばの乳の方が柔らかいし張りもあって揉み応えあるわ」


「……その話振られても困るんで、黙って揉んでくれませんかね?」


 口を開けばセクハラ発言が出てくる愛鈴に緩くツッコミを入れつつバットを用意した枢は、その上に味を染み込ませた豚肉を並べさせていく。

 一つ一つに片栗粉を振るい、しっかりと塗して下準備を終えた後、今度は残った調味料を混ぜ合わせて甘酢あんを作り始める。

 

 料理名にも入っている酢をメインに、砂糖、しょうゆ、ケチャップを適量加え、とろみ付けの片栗粉を入れた後でスプーンで混ぜていけば……酸味漂う香りを放つ、あんの素が完成した。


「これで下準備は全て終わりました。どうです? 思ってたより簡単だったでしょう?」


「ま、まあ、あんたからのプレッシャーがなければ、割と楽っちゃ楽だったかもしれないわね……」


「結構。そんじゃ、ここからが仕上げです。まずは調理中にパニックにならないよう、使うものを使う順番で並べましょう。フライパンに敷く用の油、肉、玉ねぎ、パプリカ、ピーマン、そしてタレの順番に火を入れていくんで、間違えないように」


「お、おっす……!」


 大きめのフライパンをコンロに置きつつ、テキパキと指示を出してくる枢の言うことに従った愛鈴が言われた通りに食材を並べる。

 それを再度確認した枢は、彼女へと最初に使う油を手渡しつつ、次なる指示を出した。


「まずは油をフライパンに注いでください。揚げるわけじゃあないんで、そんなに多くなくて大丈夫ですよ」


「う、うん……そ、それで?」


「フライパンを火にかけて、温まってきたら油を広げて、その後で一つずつ肉を並べてください。多少はくっつくかもしれないですけど、後で箸で剥がせるんで大丈夫です。落ち着いて、料理の一番楽しいところを堪能してください」




※本格的な酢豚を作る場合は、肉にもっと衣をつけたり、野菜も油通しして火を入れたりした上で仕上げに取り掛かりますが……今回は料理初心者向けに枢くんが作った、フライパン一つで作れる酢豚のレシピなので、色々と簡略化しています!

ガチの酢豚を作りたい場合は色々と工夫できるので、リスナーの皆さんも自分なりのレシピを考えて、美味しい酢豚を作ってみてくださいね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る