泣くな愛鈴、唸れハリセン

「はい。手洗いを済ませて、調理に取り掛かる準備は完了しました。というわけでまずは食材の確認からやっていくぞ~」


「は、は~い……!!」


 シーンが切り替わり、調理開始まで場面が飛ぶ。

 やや緊張気味の愛鈴の隣に立つ枢は、ハリセンを手にしながらキッチン台の上に置いてある食材を一つずつ確認し始めた。


「まずは野菜から。玉ねぎとピーマン、赤と黄色のパプリカと種類が結構多めになってます。量に関しては、二人前でピーマンが二個、それ以外の野菜が一個の半分でいいんじゃないかな? その辺は肉の量と合わせて応相談ってことで」


「うへえ、色味はカラフルだけどこれ全部カットしなくちゃいけないって考えると面倒ね……」


「そういう時はパプリカは抜いていいぞ。ピーマンと玉ねぎで十分だ。今回は完全体を勉強することで手抜きができるようにするっていう目的もあるから、そういうつもりで勉強しろ」


「は、は~い……!」


 先ほど話題に出た、できることを手抜きするのとできないことを手抜きするとでは意味が違うという枢の話を思い返した愛鈴が、命令形な彼の言葉に若干声を震わせながら返事をする。

 その返事に大きく頷いた枢は、野菜からメインの肉へと説明の対象を移していった。


「次、主役の豚肉です。酢豚といえば肉も野菜もゴロゴロしてるイメージだと思うんで、今回はブロック肉を用意しました。大体三百グラムくらいで二人前なんで、小柄な愛鈴さんなら百とかでもいいんじゃないですか?」


「なるほど……どうでもいいけど、肉の塊って見てるとテンション上がるわね。肉食の本能が出るわ」


「調味料っすけど、今回は甘酢あんを作ることもあってかなり多いです。酢、砂糖、しょうゆ、ケチャップにとろみ付けの片栗粉と、結構必要っすね。この内、砂糖としょうゆと片栗粉は豚肉の仕込みに使うんでこれも覚えておいてください。でもまあ、全部どこのご家庭にも普通に置いてある調味料だと思うんで、特に困ることはないと思いますよ」


「……え? 普通の家ってこれ全部揃ってんの? 片栗粉なんてウチにあったかな……?」


 こうして見ると、使う食材の種類こそは多く見えるが、どれも簡単に手に入るものや普通に常備されているものが多いように思える。

 そういった部分も初心者向けの料理として枢が酢豚を選んだ理由なのだろうなと調理を見守る者たちが思う中、食材の解説を終えた枢が作業に入るべく号令を出す。


「じゃあ、早速調理を始めましょうか。まずは――」


「はいは~い! 私肉切りたい、肉~っ! やっぱこういうのが映えるっていうか、デカい肉を相手にする方が楽しそ――あいっだあぁっ!? ケツがっ!? ラブリーちゃんのラブリーなヒップが~っ!?」


 調理開始の合図を聞いた途端、進行を無視した愛鈴がブロック肉へと手を伸ばす。

 興味津々、といった様子でまず肉を切ろうとした彼女であったが、その尻に居合の如く振り抜かれたハリセンでの神速の一撃が叩き込まれ、予想外の衝撃に悶絶することとなった。


「……いいですか、愛鈴さん? まず、俺の話をしっかり聞いてください。勝手な真似もしないでください。次にふざけた真似したら、今の一発が後頭部に叩き込まれるってことも理解してください。わかりましたね?」


「いっだぁ……! ちょっとあんた、何してくれてんのよ!? 今ので私のお尻が割れたらどうすんの!?」


「尻は既に二つに割れてます。使い古したボケをかまさないでください」


「それはともかく、なんなのよ今の一発は!? なんで肉を切ろうとしただけでお尻をフルスイングされなきゃいけないわ、あだああっ!?」


 思っていた以上に痛いハリセンでのツッコミに対して、文句を口にしながら大きな声で抗議する愛鈴。

 しかし、枢はそんな彼女にもう一発ハリセンを叩き込んでやると、眉間に青筋を浮かばせた全く目が笑っていない笑顔を浮かべながら言い聞かせるようにして言う。


「いいですか? 食材を切る時は、まず野菜から切ってください。肉を先に切ると、まな板に雑菌が染み込んだ状態で野菜を切ることになります。今回のように火を通す料理ならまだしも、サラダを作ったり、切ったけど使いきれなかった野菜を保管する際、雑菌が繁殖して食中毒の原因となりますので、絶対にこのルールは守ってください……わかりましたか?」


「ひ、ひえ……っ!?」


「どうせ愛鈴さんの家にはまな板も包丁もワンセットしかないんでしょうし、何かを切ったまな板をいちいち洗ったりするような几帳面な性格もしてないでしょうから、この辺の鉄則を先に叩き込んでおかないととんでもない被害が出る気しかしないんですよ。いいですか? 先に肉を切るな。切るんだったら使い終わった後でしっかり洗って、その後別の食材を切るようにしろ……はい、復唱!」


「さ、先に肉を切るな! 切るんだったら使い終わった後でしっかり洗って、その後別の食材を切るようにしろ!」


 結構、と小さく呟きつつ、大きく首を縦に振って頷く枢。

 そんな彼の姿が鬼教官にしか見えない愛鈴は、想像以上に険しい収録の過酷さを悟り、ごくりと息を飲む。


「……じゃあ、まずは野菜から切っていきましょうか。簡単なとピーマンから一口大にカットしていきましょうかね」


「は、はいっ! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」


「いい返事ですね。でも、そんなに肩に力を入れなくても大丈夫ですよ。本当にマズいことをした時以外、このハリセンは使いませんから……!!」


「で、できたら注意事項は先に伝えてくれると嬉しいなって、ラブリー思うんだけどなぁ……!」


 ――後に、この収録に立ち会ったスタッフは、その時のことをこう振り返った。

 これまでの二回、【くるるんキッチン】はゲストと楽しく和やかな収録を行っていたが……今回だけは雰囲気が違った。

 あれは収録ではなく、新兵を訓練する演習場の雰囲気だった、と……。



―――――――――――――――

童貞修道士、異世界転移してきたグラビアアイドルの同居人になる

https://kakuyomu.jp/works/16817139559095250877


異世界お仕事コンテストに出品するための新作を投稿し始めました!一日三話投稿予定です!

なんかすごくニッチでマニアックなお話な気がするんですが、読んでいただけると嬉しいです!

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