仕上げは、楽しく!

 言われた通り、一つ、また一つと豚肉をフライパンの上に並べていく愛鈴。

 ジューッという肉が焼ける音と共に香ばしい匂いが漂い始める中、指示を求めて口を開いた彼女へと枢が先んじて次の作業を説明する。


「火は中火にして、そのまま揚げ焼きにしていきましょう。途中で肉同士を引き剥がしつつひっくり返して、四分くらい火を通せば十分ですかね」


「りょ、了解! 中火~、揚げ焼き~、剥がしながらひっくり返す~……!」


 言われたことを繰り返しつつ、注意深く肉を見つめながらタイミングを窺う愛鈴の様子に苦笑を浮かべる枢。

 やがて、アドバイスを受けつついい感じに色がついた肉をひっくり返して火を通していった彼女は、次に投入する野菜たちへと手を伸ばす。


「順番は玉ねぎから、だったわよね? 大丈夫? 私、間違ってない?」


「合ってますよ。火が通りにくいものからなんで、玉ねぎ、パプリカ、ピーマンの順番です。火が通るよう、よく炒め合わせてください」


 しっかり、じっくりと順番を確認した上でフライパンへと投入しつつ、それらに火を通していく愛鈴。

 加熱された野菜たちがそれぞれの色を更に鮮やかにしつつ、シャキシャキの食感を強めていく中、枢は最後の注意を彼女へと告げた。


「最後に甘酢あんを投入して絡めたら終わりですけど……入れる前、たれはしっかりかき混ぜてください。底に片栗粉が沈殿してる可能性が高いんで」


「は~い! よ~くかき混ぜて、そこから投入っと……!」


 あんのとろみ付けに重要な片栗粉の沈殿を防ぐための投入前のかき混ぜを行った後、赤っぽい甘酢あんをフライパンへと流し込む。

 よく炒め合わされた肉と野菜たちの上から降りかかってきたそれが熱されているフライパンに触れれば、スタジオ内が甘酸っぱい匂いに包まれだした。


「うわっ!? 思ったよりも酸っぱい匂いがきっついんだけど!? 大丈夫なの、これ!?」


「あはは、心配ないっすよ。酢とケチャップとで酸っぱいものがダブルで入ってるから最初はこうですけど、少し炒めればケチャップの方の酸味が飛んでいい感じに調整されるんで」


「なるほど……! じゃあ、とりあえず食材とあんが絡むように炒めていくわね」


 丁寧に丁寧に、愛鈴が軽くフライパンを振りながら右手に持った木べらでたれと食材とを混ぜ合わせ、炒め合わせていく。

 ややぎこちなさはあるものの、最後の仕上げに対してやる気を漲らせている彼女の動きに合わせて、たれが食材に絡み、段々ととろみがついてしっかりとした甘酢あんへと変貌していく。


「あっ、本当だ! 段々酸っぱい匂いが引いて、甘酸っぱい感じになってきてる! これはいい匂いって感じするわ!!」


「でしょう? 俺個人の感想なんですけど、中華って食欲をそそる匂いを出す料理が滅茶苦茶多いと思うんですよね。酢豚みたいな酸味だったり、揚げ物や揚げ物の香ばしさだったり、辛い料理の風味だったり……中国料理を日本人の舌に合うように改良されたものなだけあって、白いご飯とも相性ばっちりですしね」


「……ねえ、今更なんだけどさ。もしかして今回中華料理セレクトしたのって、私に合わせてくれたからだったりする?」


「さあ、どうでしょうね? そんなこと気にするより、仕上げに注意を払ってください。あんを煮詰め過ぎると味が濃くなっちゃいますよ」


 もしかして、今回作る料理を酢豚にしたのは、チャイナ風の衣装を纏うVtuberである自分に合わせてくれたのでは? という愛鈴からの問いを適当にごまかした枢が彼女の意識を料理へと引き戻す。

 いい感じにあんが絡み、食材たちにも火が通ったことを確認した二人は、それを皿に盛りつけると綺麗に映るよう、調整をしていった。


「一人飯の時は気にしなくていいと思いますけどね。皿に付いたタレはふきんで拭く。肉を下に敷きつつ、色が綺麗な野菜類を適度な間隔で上に散らすことを意識すれば……はい、こんな感じになりますよ」


「おお、すっげぇ……!!」


 ケチャップの色を強く反映した赤っぽいあんが全体的に散らばりつつ、その上に鮮やかな赤緑黄色と玉ねぎの白を散りばめた美しい盛りつけ。

 酸味と香ばしさが混じった匂いだけでなく、見た目からも食欲をそそる料理を目の当たりにした愛鈴が感嘆の呟きを漏らす中、苦笑を浮かべた枢が口を開く。


「すげえって、これを作ったのは愛鈴さんじゃないっすか。俺は最後の見栄えの部分だけを担当しただけっすよ」


「あ、そっか……これ、私が作ったんだっけか……」


「どうです? 真面目に一品作った感想は?」


「え? えっと、う~ん……?」


 普段、包丁を握るどころかキッチンに立つことすら滅多にない自分が、ここまで美味しそうな料理を作ることができた。

 改めて考えてみるとすごいことだと思うと共に、ある種の感動を覚えた愛鈴が言葉を詰まらせる中、クククッと喉を鳴らした枢が楽しそうに彼女へと言う。


「まあ、感想は実際に食べてみてからの方が言いやすいか。そういうわけで……実食、いきましょう!!」

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