ライル・レッドハートの、決別

(あと一人、か……これで、僕のすべきことは終わる。その後、僕は――)


 バーからの帰り道、夜風を浴びながら歩いていた優人は、不意に夜空を見上げながらそんなことを考えていた。


 一聖が警察に逮捕される場面を目撃した自分は、実質的に【トランプキングダム】の終焉を見届けたといっても過言ではないだろう。

 メンバーの大半も支援し終わり、残すは明日会う最後の一人だけだ。


 彼女との別れが終われば、優人自身の過去との決別も終わりを迎える。

 【トランプキングダム】所属の人間として過ごした数年の日々にピリオドを打ち、新たな道に進むための気持ちの整理を終えられると、そう考えたところで……もう一人、別れを告げなければならない人物がいたことを思い出した。


「……やあ、そこにいたんだね」


 視線を上から前に向けて、その人物と対面する優人。

 そこにいたのは彼の心の中に存在している、もう一人の彼自身……ライル・レッドハートだった。


「君と過ごしたこの数年、色々あったけど……楽しかったよ。もっと活躍させてあげられなくてごめんね」


 あまり表に出ることを望まない自分の性格のせいで、彼には迷惑をかけた。

 同期たちと比べても人気はそこそこだったし、何よりキングの中に一人だけジャックがいるということで浮いてしまっただろう。


 だが、ライル・レッドハートとして過ごした日々は、優人の心の中で確かに大切な思い出として光り輝いている。

 それを強く感じながらも、彼はもう一人の自分と決別しなければならないこともわかっていた。


「……僕はもう、君にはなれない。君として生きることはできない。君には本当に感謝してるよ、ライル。君と一緒に過ごした日々は、僕の宝物だ。でも……どうしても行かなきゃいけない場所がある。僕にはどうしても、笑顔にしたい人たちがいるんだ。だから――」


 お別れだ、という言葉を口にする前に、ライル・レッドハートの幻影が笑みを浮かべながら頷いた。

 そのまま踵を返した彼は、優人が歩いてきた道を逆に進んでいく。


 もう一人の自分の背を見送り、立ち尽くしていた優人は、確かに見た。

 ライルの進む道の先、自分が歩んできた道の出発点で彼を待つ、小柄な少女の姿を。


「……そうか、君もようやく出会えるんだね。よかった……!」


 悲しい事件と、自分の我がままによって引き裂かれた大切な人との出会いが、あの騎士を待っている。

 自分が、誰かが覚えていてくれる限り、ライル・レッドハートの物語は続いていくのだろう。


 だから……自分も前に進もう。

 彼がそうだったように、自分にも待ってくれている人がいる。会いたい人がこの道の先で待っている。

 その人たちに笑顔を見せるために……前に進むのだ。


「さよなら、ライル・レッドハート……さよなら、僕の過去」


 君を忘れない、その一言を優人は敢えて飲み込んだ。そして、ライルとはまた別の道を歩いていく。

 酒のせいで見た幻覚かもしれないが、それでもきっと……この別れを糧に自分は前に進めるはずだ。

 ほんのちょっと、昨日より少しマシくらいの歩みかもしれないが、その僅かな歩みを積み重ねていけば、きっと目的地に辿り着けるはずだから。


「……やっぱり冬の夜は冷えるな。風邪をひく前に帰らなきゃ」


 そうして、暫らく足を止めていた優人は誰に言うでもない独り言を呟いた後に足早に帰路につく。

 冬の寒さが厳しい夜空、そこに浮かぶ大きな三角を描く星々が、彼のことを見守っていた。

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