Heart goes on~心の向くままに~

「……荷物はこれで全部乗せたかい? じゃあ、車に乗って」


「はい……」


 バタン、という音を響かせて車のドアを閉じた優人は、運転席でシートベルトを着けながら助手席に座る人物へとそうするように視線で促す。

 小さく頷き、自身もまた優人に倣ったその人物……古屋恋は、俯きがちに口を開いた。


「すいません、本当に。あんなことをしたっていうのに、引っ越しを手伝ってもらっちゃって……」


「いいさ。もう終わった話なんだから」


 取り出したスマートフォンを恋へと渡しつつ、車のエンジンを吹かす優人。

 驚いてこちらを見る彼女へと、彼は最終確認をしながらこう言う。


「地図アプリを起動したから、ご実家までのナビゲートを頼む。行ったことのない場所だから、迷わないようにしたい」


「あ、はい……」


 そう言われてスマホの画面を見た恋は、そこに周囲の地形が表示されていることを確認しながら優人の言葉に頷いた。

 ややあって、エンジン音を響かせながら走り出した車内で、彼女はかつての先輩に向けて質問を投げかける。


「……どうして、ここまでしてくださるんですか? 事務所が潰れた原因は、私にもあるっていうのに……」


「さっきも言ったが、今更それを責めても仕方がない。お前や黒羽たちの暴走に気付けなかった僕にも責任はある」


「だとしても、どうして……? 手助けするなら、非がないメンバーだけでも良かったのに。私や黒羽先輩たちまで気遣うのは、どうしてなんですか?」


 優人が元【トランプキングダム】のメンバーたちに、再就職や実家に帰るための手助けをしていることは知っていた。

 枕営業に関わっていた同期たちも彼に助けてもらったようで、恋も何人もの仲間たちから報告を受けている。


 中にはその手を拒み、自暴自棄になったまま別の犯罪に手を染めて再逮捕という顛末を迎えた者もいるようだが……少なくとも、彼がかつての仲間たち全員の前に顔を出していることは間違いないようだ。


 【トランプキングダム】をクビになってから引きこもっていた恋の下にもやって来た優人は、彼女の様子を見て、すぐに復帰できるような状況ではないと判断した。

 そのまま彼から説得され、実家に帰ることを了承した恋は、大方の荷物を引っ越し業者に預けた後、必要最低限の品だけを積んだ優人の車で実家まで送ってもらっている……というのが現状だ。


 恩を忘れ、我欲に溺れて裏切った自分に対して、どうして優人はここまでしてくれるのだろう?

 もしかしたら、彼は自分にただの後輩以上の感情を抱いてくれているのではないか……という淡い希望を持つ恋であったが、優人の答えはそんな彼女の期待を綺麗に裏切るものだった。


「……先に進むため、かな。多分、それ以上に的確な言葉はない」


「先に、ですか……?」


「ああ。【トランプキングダム】で起きたことは忌むべきことではあるが、ここで過ごした経験が僕の一部になっていることは間違いない。何より、ライル・レッドハートとして沢山のファンたちに支えてもらった事実を否定なんかしたくないから……それを受け入れて、過去にするための踏ん切りが必要なんだ」


「……私たちを手助けするのは、そのためなんですね……」


 こくりと、前を見たまま優人が頷く。

 こちらを見ようともしない彼の横顔を見つめた時、恋は自分が随分と思い上がっていたことを悟り、羞恥に顔を赤らめた。


 わかっていたことだ。もしも優人が恋だけを特別な目で見ていたとしたら、他のメンバーに手を貸す必要なんてない。

 彼女だけに手助けをして、彼女だけを見て、そういった行動を取ればいいだけなのだから。


 優人はもう、【トランプキングダム】で過ごした日々を過去として受け入れようとしている。

 彼に助けられた面々もまた、同じような心境なのだろう。


 自分もそうしなくてはいけない。少なくとも、優人はもう過去を悔やんだり振り返ったりするつもりはないのだから。

 前だけを向いている目には、彼が進もうとしている未来が映っているのだろう。


 ……あるいは、一度だけ顔を合わせたことのある、あの小さくて大きい女性の背中を見つめているのかもしれないなと思った恋は、最初から自分が優人の視界に入っていなかったことに悔しさを滲ませる。

 物書きとして、同じクリエイター気質の後輩としては目を懸けてもらっていたが、女性としては最初から最後まで彼の眼中になかったのだなと改めて理解した彼女は、全てを受け入れると共に小さなため息を吐いた。


「ご実家に帰ったら、まずは落ち着いて心を治療するんだ。お前はまだ若い、いくらでもやり直せるさ」


「……はい、ありがとうございます」


 きっと、これが最後の気遣いになるだろう。

 多分もう、自分が優人と顔を合わせることはないのだろうなと、恋は確信に近いものを感じている。


 だからこそ、彼女はどうしても知りたかったことを彼へと聞いてみることにした。


「狩栖先輩は、これからどうするんですか? 私で最後……なんですよね?」


「うん? 色々と考えて動いてるよ。とりあえずまあ、やらなきゃいけないこともあるしね」


「やらなきゃいけないこと? 何なんです、それ?」


 含みのある言い方で質問をはぐらかす優人を追求する恋。

 その瞬間、彼女の手の中にあるスマートフォンに一通のメールが届いた。


 着信通知と共に表示されたそのメールの題名を目にした恋は、驚きに大きく息を飲む。

 そんな彼女の横で、僅かに苦笑を浮かべた優人は……小さな声で、呟くようにして先の質問に答えた。


「本当に色々あるんだよ。ただ、一言でいうなら……、かな」











【一次選考通過のお知らせ】


この度は弊社のオーディションにご応募いただき、誠にありがとうございました。

厳粛な審査の結果、狩栖さまにはぜひ次の面接試験に進んでいただきたく、一次選考通過のご連絡をさせていただきます。


つきましては都合のいい日時をお知らせいただけますでしょうか。

二次選考はオンラインでの面接試験を予定しております。このメールを確認次第、返信をいただけると幸いです。


面接当日は採用担当者及び代表である星野が同席いたします。

それでは、引き続きよろしくお願いいたします。


【CRE8】三期生募集オーディション担当より











狩栖優人……優しい人+有栖(澪に対する零と同じ)+聖杯(チャリス・カリス)+始まりと終わりを繋げると『狩人』


「言ったでしょ? 必ず戻ってくる、ってさ」


――――――――――

彼の再登場まで、暫くお待ちください

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