剣山一聖の、斬首

「……葉介のことはニュースで知った。あいつがああなった原因は俺にもあるから、正直、心苦しかったよ……」


「僕もです。もう少し、同僚として働いている時に注意を払っていればよかったのかなって、そう思います」


 大也に葉介、その他の【トランプキングダム】のメンバーの現在を一聖へと話して聞かせた優人が、空になったグラスをそっと脇に退ける。

 一方、一聖の方は一切飲み進められていないウイスキーが入ったグラスを見つめたまま、視線を俯かせているばかりだ。


 実家に帰省し、生活を立て直そうとしている者。ほとぼりが冷めるまで待機してから、再びVtuberとして活動しようとしている者。裏方へと移動しつつも、これからも業界に関わろうとする者。どの道も選べないまま、身を滅ぼした者。かつての部下たちが辿ったそれぞれの道を聞いた一聖は、複雑な表情を浮かべている。


「まだ全部が終わったわけじゃありません。界隈に広がった波紋が落ち着くまでは幾ばくかの時間が必要でしょうし、【トランプキングダム】の負債だって完済まで時間がかかる。それでも、全員が前に進むために努力して、頑張っているんです」


「……ああ、そうだな。事ここに至って逃げ続けているのは、俺だけってことか」


 優人の言葉に同意しつつ、自嘲的なことを言った一聖がグラスの中身を一気に煽る。

 一息でウイスキーを飲み干した彼は、空になったグラスをカウンターに置くと、顔を伏せたまま優人へと語り始めた。


「……怖かったんだ。何を言うんだと思うだろうが、自分のやったことがバレるのが怖かった。当時未成年だった澪を立場を利用して脅して、手籠めにしようとしたことがバレたら、人生が終わるって……色んな情報が暴露されるって聞いてから、そのことだけしか考えられなくなった。気が付いたら俺は、全てを捨てて逃げ出していたんだ。そのことを許してくれだなんて、口が裂けても言えるわけがない。ただ……みんなには本当に申し訳なく思っていることだけは、本当なんだ」


「それは僕も同じです。澪の件があってから、僕は【トランプキングダム】を正しく導けるよう尽力しているつもりでした。ですが、実際はこの有様。正直、恥ずかしくって彼女に顔向けできませんよ」


「お前は仕方がないさ。部下に手を出した社長を見張りながら、同期や後輩たちのために忙しい日々を送り続けて……自分が過ちを犯したと理解しているからこそ、俺がタレントたちをしっかり指導するべきだったんだ。俺はその部分をなあなあにしちまった。その結果が事務所の無法地帯化で、自分の悪事がバレる事態に繋がったんだから、自業自得だろ」


 優人もまた、【トランプキングダム】の崩壊に責任を感じていることは、一聖にもわかっていた。

 彼の性格をよく知る者であり、彼をスカウトした事務所の代表として、一聖は優人へと語り掛ける。


「優人……本当にすまなかった。お前の人生を狂わせたのは、この俺だ。事務所の終わりだけじゃない。俺が澪に邪な感情を抱かなければ、お前はもっと高くまで飛べてたはずなんだ。悪かった、優人」


「……僕は社長に感謝していますよ。社長が誘ってくれなかったら、Vtuberになろうだなんて思ってもいなかったでしょうし……何より、僕と澪を引き合わせてくれたのはあなただ。そのことに関してだけは、心から感謝しています」


「だが、もうその恩は十分に返し終わったはずだ。それにもう俺は社長じゃあない、お前の上司でもない……優人、お前は俺みたいな馬鹿な王様の下にいちゃいけない人間だ。お前のいるべき場所は俺の隣じゃあない。これで……お別れだな」


 懐から財布を取り出した一聖が、そこから一万円札を取り出してカウンターの上に置く。

 奢るよ、と視線で語りながら優人の顔を見た彼は、全てを納得した表情のままこう尋ねた。


「……もうそろそろ警察が来る頃合いだろ? 俺は今更自首なんかせず、逃亡者らしく捕まって、首を刎ねられることにするさ」


「……あなたに言いたいことは山ほどあります。でも、今は……さよならと、ありがとうございましたの二つしか出てきません」


「あはははは! お前は本当に優しい奴だな! もっと恨んでくれよ、蔑んでくれよ。俺はそれだけのことをしたっていうのに、お前って奴は……!!」


 ガチャリと、ドアが開く音がする。

 バーの中に警官たちが踏み込んでくる物音を耳にした一聖は、最後に優人へと別れの言葉を口にした。


「じゃあな、優人。こんな馬鹿な王にわざわざトドメを刺しに来てくれて、本当にありがとう。もうお前は騎士でも何でもない。俺や過去に縛られることもないんだ。だから……ここからは、お前の心の赴くままに生きてくれ。これがお前の人生をぶち壊した馬鹿野郎が最後に望むことだ」


「………」


 その言葉を残して、一聖は駆け付けた警官たちに連れられていった。

 一人バーに取り残された優人へと、一部始終を見守っていたマスターが声をかける。


「何かお飲みになりますか? 今日は、私が奢らせていただきますよ」


「……じゃあ、お言葉に甘えて……今度は酒をください。できれば度数が強いものを」


「かしこまりました」


 注文を受けたマスターが恭しく頭を下げた後、グラスに酒を注いでいく。

 カウンターに肘をつき、組んだ手の口を額に押し当てながら下を向く優人は、明日に待ち受ける騎士としての最後の務めを思いながら、かつての王との別れに心を痛めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る