エピローグ、へびつかい座は涙する

 ……優人との別れを悲しむ人間は、澪だけではない。

 彼女と同じくらいのショックを受けている人間が、もう一人いる。

 SNSで暫く配信を休むと連絡した彼のことは、ファンも事務所のスタッフも同期たちも、みんなが心配していた。

 

 初めてできた同性の友人であり、兄のように慕っていたライル・レッドハートの引退に深いショックを受けているであろう枢……零の心の傷は、他人が想像できるものではない。

 自分が炎上したとしてもなんとも思わない彼だが、今回のこれはかなり堪えただろうと……彼の優しさを知る者たちは、少しでも彼のショックを和らげられるよう、励ましの言葉を送り続けている。


【くるるんは悪くない。よく頑張った】

【トラキンのみんな、くるるんに感謝してたよ】

【泣かないでくれ。笑ってくれ。そのためなら、俺はなんだってしてみせるから】


 そんなファンたちの温かい言葉が、蛇道枢のSNSアカウントに次々と投げかけられている。

 その一つ一つに感謝の気持ちが込められているであろういいね、を送っている彼だが、まだ完全に立ち直ることができないようだ。


 零のことを案じているのは、当然ながらネットで繋がるファンたちだけではない。

 彼に救われたことのある人々、全員もそうだ。


 その中でも特に零と親しい有栖は、この日、お手製のお弁当を手に彼の家を訪れていた。

 塞ぎ込んでいる彼のことを励まして、少しでも気持ちを明るくできたらな……と思いながら玄関のドアに手をかけた有栖は、そこで家の鍵が開いていることに気が付く。


「……お邪魔します」


 意を決して、玄関の扉を開けて家の中に入っていく有栖。

 半年ほど前とは立場が逆転しているなと、少しだけ笑えないことを考えながらリビングまでやって来た彼女は、椅子に座っている零の姿を見て、その足を止める。


「……ああ、有栖さん。ごめん、気が付かなかった」


「あっ……! か、勝手に入ってごめんね。鍵、開いてたから……」


「いいよ。こっちこそごめんね。まともに連絡もしてなかったから、心配かけたでしょ? わざわざ様子見に来てもらっちゃって、本当に申し訳ないなー」


 有栖の気配を感じ取った零は、そのままいつも通りの態度で彼女と会話をし始める。

 明るく、優しく、笑みを浮かべながら自分へと謝る彼の姿を目にした有栖は、今の零からどうしようもない痛々しさを感じていた。


 一目で無理をしているとわかる零の姿に一瞬声を詰まらせた有栖であったが、込み上げる感情に表情を歪めながら彼へと自らの想いをぶつけてみせる。


「零くん……無理、しなくていいよ。つらい時にはつらいって、そう言ってよ……!」


「………」


 有栖の言葉に、無言になる零。

 その瞳に僅かな陰りを見出した有栖は、彼へと叫ぶようにして言う。


「零くんが強い人だってことはわかってる。でも、本当につらい時は頼ってほしいよ。苦しいし、悲しいし、つらいんでしょう? なら、その気持ちをちょっとだけでもいいから私に分けてよ。少しでいいから、零くんのつらさを私にも背負わせてよ……!」


「………」


 またしても、無言。されど今度は有栖から視線を逸らすという反応を見せた零が、静かに座っていた椅子へと腰を下ろす。

 深く息を吐き、前屈みになって両手で顔を覆って、未だに整理のついていない気持ちを抱えたままの彼は、あふれる想いをそのまま言葉として吐き出していった。


「……いい人だったんだ。初めてできた男のVtuber仲間で、有栖さんとも薫子さんとも喜屋武さんたちとも違う、兄貴みたいな人で……本当に、いい人だったんだ」


 ほんの一か月程度、それが優人と出会い、別れるまでの時間だった。

 だが、その中で彼と触れあい、積み重ねてきた思い出の数々を思い返す零の声は、心の揺らぎを表すかのように震えている。


「俺なんかよりもずっと、才能ある人だった。俺なんかよりもずっと、すごい人だった。これからも一緒にVtuberとして活動して、色んなことを教えてもらって、それで――」


 もっと沢山のことを教えてもらいたかった。もっと色んなことを話してみたかった。

 コラボ配信でした約束が、台本を作りながら交わした約束が、今も頭の中にこびり付いて離れてくれない。


 これまでも苦境は何度も経験してきた。大変な目にも山ほど遭ってきた。

 だが……大切に想う人との別れはこれが初めてだと、改めて優人という心を通わせた兄貴分との別れが現実であると認識した零の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。


「いい人だったんだよ、本当に……! もっと、色んなことがしたかった。もっと、ずっと……一緒にVtuberやってたかった。いい人だったんだ、こんな形で終わりになるような人なんかじゃあない。本当にいい人だったんだよ……!」


「零くん……!!」


 零の感情があふれる寸前、有栖は声を震わせる彼の頭を両腕で抱き締めた。

 強く、優しく、自らの腕の中へと彼を抱き寄せながら、自分もまた彼と同じく涙を浮かべた状態で、有栖が口を開く。


「何にも、悪くないよ……! 零くんは頑張った。一生懸命やった。狩栖さんも、【トランプキングダム】の人たちも、ファンのみんなも……零くんには感謝してるよ。だから、後悔なんてしないで。あなたはよくやったんだから。もうこれ以上、自分のことを責めたりなんかしないで……!!」


「有栖、さん……」


 小さな腕に抱き締められている感覚が、温かい彼女の言葉が、ぐちゃぐちゃにかき乱されている自分の心に安らぎを与えてくれる。

 それでも、溢れ出す感情を止めることができなかった零は、有栖の胸の中で涙をこぼしながら彼女へと言った。


「ありがとう、それと、ごめんね……」


「謝らないでいいよ。零くんが気が済むまで、こうしてるから……」


「……ありがとう、有栖さん」


 ぎゅっと力を込めて、自分を強く抱き締めてくれる有栖へと感謝した零が温もりに心を預ける。

 そっと頭を撫で、自分のことを慰めてくれる彼女の優しさに触れた零は、もしかしたら澪も優人に抱き締めてもらった時にこんな温かさを覚えたのかもしれないなと思いながら、静かに感情をあふれさせ続けるのであった。






 ――出会いがあれば、別れもある。これは世の摂理で、決して避けることができない事柄だ。

 だけど、幸福な別れもきっとこの世界には存在している。誰もが幸せになれるわけではないのだろうが、別れは哀しみだけを生むわけではない。

 そういった別れを経て、人は成長していくのだろう。そして、そういった別れを経験したからこそ、人はまた出会うことができるのだ。


 零はまだ知らない。自分の行いが無駄ではなかったということを。

 彼が力を尽くしたからこそ、閉ざされていた瞳に光が戻り、多くの星々を目にすることができるようになった人間がいるということを。


 季節は冬、夜の闇が深まると同時に空に浮かぶ星の煌めきが強く人の心に映る時期。

 傷付いた心を癒し、少しずつ強くなろうとする少年のことを、腕を広げた巨人が優しく見守っていた。



――――――――――

いつもありがとうございます。【Vtuberってめんどくせえ!】第五部、これにて完結です。

前々から告知していた通り、ビターエンドという終わり方になった今回のお話でしたが……いかがだったでしょうか?

ちょっと話が重苦しかったり、Vtuberらしくなかったかなと、自分では反省する部分が多くあるんじゃないかと思ったりしています。

ですが、このお話を皆さんが楽しんでくれていたら、もうそれでOKです。


あまりスッキリしない終わり方だな~……と思っている皆さん、実は僕も同じ気持ちだったりします。

なので、次の短編はこのお話の真のエピローグというか、後日談という感じのお話を投稿する予定です。

そこでも完全なるエピローグは迎えられないと思うのですが、それを読んでいただければまあある程度の納得はしてもらえるかな……と。

……既にこの先の展開に気付いていらっしゃる方も多いでしょうけどね(笑)


ここからはいつも通り、短編を投稿していく予定なのですが、一つお詫びを。

定期的に行っているマシュマロ配信ですが、今回は見送らせていただきたく存じます。

短編自体をあまり多く書かない予定なので、本当に申し訳ないのですが、次の機会まで取っておいてください。

六部が終わったところで募集させていただけたらな……と思っております。


それともうしつこいとは思うのですが、【Vtuberってめんどくせえ!】第一巻が大好評(嘘)発売中です!

二巻を出せるように頑張っておりますので、まだ買っていないという方は気が向いたら書店でお手に取っていただけると嬉しいです!


長々と書き連ねましたが、今回も読んでくださってありがとうございましたの一言に尽きます。

次のお話も楽しんでいただけるよう頑張りますので、期待して待っていてください!


烏丸英より

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