哀しみは、きっと

 【トランプキングダム】の解散による所属タレントたちの引退は、その報せが出回ってからそう間を置かずに行われた。

 志半ばで引退となり、最後の配信を行う彼らの表情は悲しそうではあったが……同時に、どこか清々しさも感じさせる。


 全員が全員、文書を残して引退するのではなく、しっかりと配信上でファンたちと最後の挨拶をしてから去っていくという選択肢を採った裏には、蛇道枢が主宰した声劇コラボの影響があった。

 あのコラボで今持てる全てを出し切ってきたと、最後の舞台を用意してもらったお陰で気持ちの整理が済んだと、そう語る【トランプキングダム】の面々は、枢をはじめとした参加者全員に感謝を告げてから自身の活動に幕を下ろしていく。


 それは事務所の創業メンバーであり、引退配信のトリを務めた優人……ライルも同じで、彼はファンや関わった全ての人たちに改めて感謝の気持ちを伝えてから、別れの挨拶を口にした。

 それと同時に彼のチャンネルに一本の動画が投稿される。

 最後の動画であるそれは、裏方を担当し続けてきたライルにしては珍しい、自身を主役とした歌ってみた動画で……その歌を聞いた人々は、そこに込められた彼の想いを感じ取り、声を詰まらせた。


 どこか悲しさを感じる別れの歌。だけど、その歌に込められているのは悲壮感だけではない。

 これから前を向いて、またどこかで会おうというライルの想いが伝わってくるその動画の概要欄には、『またね』というたった一言の文章が記されている。


「……上手だなあ、もう。もっと早くにこういう動画、出しておけばよかったのに……!」


 引退配信を観て、その後で投稿された彼の歌を聞いて……たった一言だけの別れの言葉を見つめる澪は、優しく温かい優人の歌声に僅かな笑みを浮かべながら独り言を呟く。

 歌詞の一つ一つに込められた彼の想いを感じ取りながら、これまで過ごしてきた彼との思い出を振り返りながら、彼女は瞳を閉じ、その歌声に心を預けていった。


「……優しいなあ。馬鹿で、ドジで、鈍くって……底抜けに優しい、あたしの大好きな優人の声だ……!!」


 いつだって、彼はそうだった。

 自分から困難をしょい込んで、貧乏くじを自ら引いて、誰かのために一生懸命になって、人一倍凹んだりするくせにそれを表に出そうとはしなくて……自分の好意にも鈍い、はっきりとした答えを出してくれない、そういうズルくて馬鹿な人間だ。

 でも、自分はそんな彼の底抜けの優しさが大好きなのだと、自分を救ってくれた温かさを忘れることなんてないと、そう強く思いながら目を開けた澪は、優人が自ら描いたであろうエンドカードを見つめながら、彼へと言う。


「待ってるよ、待ってるからね。だから、絶対約束は守ってよ? 絶対、だからね……!!」


 ぽろり、ぽろりと瞳から大粒の涙があふれる。

 鼻がツーンとして、視界がじわりと滲んでしまう。


 明日からはもう、泣かないようになろう。ちゃんと前を向いて、いつも通りの左右田紗理奈になれるようにしよう。

 だから……今日だけは、須藤澪として泣かせてほしい。

 いっぱい泣いて、泣いて、泣いて……それで、気持ちの整理をつけるから。


「大好きだよ、優人。絶対、戻ってきてね。待ってるから。あたしずっと、待ってるから……!!」


 涙声で、震える声で、そう愛しい人へと語り掛ける澪。

 暗い部屋の中で彼女の声はいつまでもいつまでも響き続け、途切れることはなかった。

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