サヨナラじゃなくて、またね

「本当に君が自分を責める必要なんてないんだよ。もしも君が何かを後悔しているとしたら、悪いのは僕だ。二年前、君の手を取って共に行くべきだった。そうすれば、君にそんな後悔をさせることもなかったんだから」


「違う、違うよ……! だって、あなたは……!!」


 何度も首を左右に振り、悪いのは優人ではないと彼へと伝える澪。

 そんな彼女のことを抱き締めたまま視線を向けた彼は、優しい笑みを浮かべながらこう言う。


「二年前も、今も、僕が君に言うことは何も変わらない。澪、君は悪くないよ。泣かせてごめん、悲しませてごめん。許してくれだなんて言えないけどさ、君とまたこうして話ができて、僕は幸せだったよ」


「優、人……」


 二年前、一聖から愛人契約を持ち掛けられ、悩み苦しんでいた時に彼が投げかけてくれた温かい言葉。

 あの時と何も変わらない温もりを感じた澪が震える声で彼の名を呼ぶ中、零が優人へと声をかける。


「……これから、どうするんですか? 【トランプキングダム】が潰れた後、どうするつもりなんです?」


「残念だけど、ライル・レッドハートとしての活動は終了しなくちゃいけないだろう。権利の買い取りとか、そういうことに力を割けるだけの余裕が今の【トランプキングダム】にはない。でもまあ、僕たちが会社の負った債務を背負う必要はないだろうから、そこは安心かな」


「だ、だったら、【CRE8】ウチに来てくださいよ! 狩栖さんの人間性と才能なら、薫子さんだって絶対に首を縦に振ってくれる! 須藤先輩とも一緒にいられるんだし、いいことづくめじゃないですか!」


 行くあてが決まっていない優人に対して、【CRE8】への参加を求める零。

 タレントとしてでも、裏方としてでも、どちらでも優人の技術は頼りになると、そう必死に訴えて彼をスカウトしようとする零であったが、優人は僅かに笑みを浮かべながら首を左右に振ってその申し出を拒否した。


「……ごめんよ、阿久津くん。僕にはやるべきことがある。自分の道を進む前に、それをまず終わらせようと思うんだ」


「なんですか、そのやることって? 俺に手助けできることなら、何でも――」


「同じ事務所の仲間たち……【トランプキングダム】のメンバーの未来を支援したい。事務所が解散した後もVtuberを続けたいって子もいるし、裏方としての仕事に従事したいって子もいる。そういう子たちに仕事を紹介したり、地元に帰るならその手助けをしようと思う。それが終わって初めて、僕は自分の道を歩き始められると思うから」


 自分のすべきこと、しなくてはならないことを零へと伝えた優人がそこで一度言葉を切る。

 小さく息を吐き、呼吸を整えた後、彼は零を真っ直ぐに見つめながら感謝の言葉を紡いでいった。


「阿久津くん、君には本当に感謝しているよ。あれだけの事件を経験した仲間たちがVtuberという仕事に嫌悪感を持たずにいられるのも、全て君が企画してくれたコラボのお陰だ。みんな、楽しかったと言っていた。全員が君に感謝している。本当にありがとう」


「やめてください。俺は結局、何も変えることなんて――」


「変えたさ。君は、確かにこの僕の心を変えて、救ってくれた。君がいたから、僕は澪と再会できた。君がいたから、沢山の人々と物語を紡ぐ喜びを再認識できた。君がいたから、僕はこの世界に未練が残ったんだ。君と過ごしたこの数週間、本当に楽しかったよ。まるで本当の弟ができたみたいで、すごく楽しかった」


「狩栖さん……!」


 その言葉は、想いは、零も同じだった。

 初めてできた同性の同業者であり、様々なことを教えてくれる兄のような存在でもある優人と過ごした日々は、零にとっても最高に楽しかったかけがえのないものだ。


 だからこそ……彼との別れは耐え難く、堪え難いもので、そのつらさに胸が張り裂けそうな悲しみを覚える零と澪に対して、優人は改めて言う。


「本当にごめん。こんな急な話で、きっと二人を苦しめてしまっただろう。でも、約束するよ。全てが終わったら、僕の方から君たちに会いに行く。いつか、いつの日にか、僕はきっと――この場所に、戻ってくるから」


 愛すべき弟へと、彼は力強くそう告げた。

 他の誰よりも大切に想っている大好きな女性へと、彼はそう優しく言った。


 変えられない運命と、避けられない別れに、込み上げてくる悲しみをぐっと堪える零。

 ボロボロになって泣きじゃくる澪と共に、もう何も言えなくなっている二人へと笑みを見せた優人は、努めて明るい声で別れの言葉を口にする。


「澪、零くん……


 未来に再会を約束するための言葉。さよなら、ではなく、またね、を選んだことが、優人の想いを物語っている。

 だが……この場での別れを受け入れられない澪はただただ彼の胸に顔を埋め、大声で泣き崩れるのであった。

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