さらば、ライル
――【CRE8】所属のVtuberが主導になって行われた大規模声劇コラボから、およそ一週間が経った。
あのコラボを契機に、参加者たちは遠慮なく他事務所のタレントとの交流を行うようになり、男女コラボも普通に行われている。
別にやましいことはない。自分たちは、良き友として共に切磋琢磨しつつ、Vtuberという仕事に臨んでいるのだと……そう自分たちの行動でアピールする彼ら彼女らのことを、ファンたちは素直に応援し続けていた。
全ての暗雲を完全に払しょくできたわけではない。だが、界隈全体が暗雲に覆われているわけではないというアピールはできた。
晴れ間から差す陽光は少しずつVtuber界隈を照らし、時間をかけて元の日常を取り戻してくれるだろう。
それぞれがそれぞれの再出発を果たし、自分たちの行く道を進み、時折再会しては共に一時を過ごす。
ぎこちないながらも、零たちの周囲にはそんな普段通りの状況が戻りつつある。
どん底の状態から少しずつ運気が上向きになっていくことを感じながら、【CRE8】のタレントたちは日々を過ごしていた。
……彼らがそのニュースを知ったのは、そんなある日のことだった。
その報せを聞いた時、ある者は予想していたようにそれを受け入れ、またある者は驚きと共に言葉を失って愕然とした表情を浮かべる。
零は後者の人間であり、SNSに流れてきたそれを目にして大きく目を見開いた彼は、数分間その状態のまま硬直してしまった。
息をすることも忘れ、PCの画面をじっと見つめ続けていた彼を現実に引き戻したのは、一通の電話。
着信音を響かせるスマートフォンを手に取った零は、電話の相手に呼び出され……数時間後にあのレストランへとやって来ていた。
呼び出されていたのは彼だけではないようで、澪もまた零と同じく沈鬱な表情を浮かべたまま、椅子に座っている。
テーブルの下に隠れている両の拳が痛いほどに強く握り締められている様を目にした零が感じている苦しさを強める中、ゆっくりと個室の扉が開き、自分たちを呼び出した男が姿を現した。
「やあ、ごめんね。また待たせちゃったね」
初めてこの場所で顔を合わせた時のように、遅刻したことを詫びながら優人が席に着く。
そんな彼の顔を見て一気に泣きそうな表情を浮かべた澪に代わって、零が口を開いた。
「マジなんですか? 本当に、その……」
「ああ。残念ながら【トランプキングダム】は解散する。解散なんて格好つけたものじゃなくて、倒産っていった方が正しいだろうけどね」
苦笑気味にそう述べた優人の言葉に、零は自分の心臓がぎゅっと鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
そのまま、何も言うこともできずにいる彼へと困ったような笑みを見せながら、優人はこう続けた。
「主立ったタレントが前科が付いた状態でクビ。サンユーデパートさんの企画以外にも抱えていた数々の案件を潰してしまったことへの違約金支払いによる資金繰りの悪化。何より、社長が失踪したとなれば……もう、どうしようもないさ」
「何か方法はないんですか? どうにか、どうにか……」
「ないよ。ないんだ。一生懸命考えてくれてありがとう。でも、本当にどうしようもないんだよ」
諦めたような、それでいてどこか清々しい笑みを浮かべた優人が零へと言い聞かせるように言う。
その言葉に完全に口を閉ざした彼に代わって、澪が呟くような声で優人へと問いかけた。
「……いつ、決まったの? どのタイミングで、こうなるって……」
「……黒羽たちが逮捕されて、大半のタレントが解雇された時には、ほぼ確定してた。もう、ずっと前だよ」
「知ってたってこと? ゆーくんも、トラキンのみんなも……自分たちがもうVtuber続けられないってわかってて、声劇コラボに参加したの?」
「……ああ」
澪の問いを、静かに肯定する優人。
彼の答えを聞いた澪は顔を伏せ、ぎゅっと拳を握り締めた後……絞り出すような声で優人を詰った。
「嘘つき……優人の、嘘つき……!!」
ぽたり、ぽたりと瞳からこぼれた涙が澪の拳へと落ちていく。
肩を震わせて涙していた彼女は顔を上げると、優人へと詰め寄りながら大声で叫んだ。
「嘘つきっ! あたしの誕生日配信に来るって約束も、零くんや有栖ちゃんとコラボするって約束も、また一緒に劇をやろうって約束も……全部守れないってわかってたんでしょ!? 最初から、あたしたちとの約束なんて守るつもりなかったんだ!!」
「須藤先輩、それは――」
「いいんだ、阿久津くん。止めないでくれ」
感情のまま、握り締めた拳を優人の胸へと叩きつけながら彼を責める澪。
そんな彼女を止めようとした零を制止した優人は、ただ黙って泣きじゃくる澪の悲しみと怒りを受け止め続ける。
小さな手で彼を叩き続けていた澪だったが、やがてその動きを止めると共に涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、優人の顔を見つめながら彼へと問いかけた。
「……あたしが、逃げなければよかったんだよね? 二年前、あたしが優人に全てを押し付けて逃げてなければ、こんなことには――!!」
「違うさ。君は何も悪くない。君が何かを後悔する必要なんて、どこにもないんだよ」
「でも、でも――っ!!」
優人からの慰めの言葉を受け止められない澪が何かを言おうとする。
しかし……そんな彼女へと両腕を伸ばした優人は、そっと澪の体を抱き寄せてその先の言葉を出させないようにしてから、彼女へと言い聞かせるように話をし始めた。
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