邂逅、嫁と姫

 時たま、人は予想外の出会いというものを経験するものだ。

 入江有栖にとってそれは今日であり、彼女は今、初対面の相手を前にカチコチに固まってしまっている。


 見慣れた社員寮の通路、その途中でばったりと出くわしたその女性……須藤澪は、そんな彼女の顔と手に持っているものを交互に見つめた後、口を開いた。


「えっと……あなた、入江有栖さんで合ってる、よね?」


「ひゃ、ひゃいっ! じゃなくて、はいっ!」


「よかった……! 零くんや沙織ちゃんから話は聞いてるよ。二人と一緒でここに住んでるんだっけ?」


「そ、そうです。どうも、はじめまして……!」


 声劇コラボに参加している者同士、Vtuberとしての顔合わせはしているものの、こうして現実世界で対面するのは初めてだ。

 多少はマシになっているものの、女性恐怖症からくる苦手意識によって完全にアガってしまっている有栖に対して、澪は落ち着いた口調で言う。


「それ、何? 結構な大荷物に見えるけど……?」


「あっ、えっと、その、カレーの材料、です……」


「カレー? 一人分にしては量が多くない?」


「あの、その、実は、零くんに差し入れしようかな、って……」


 ガチガチの状態でぎこちないながらも、澪との会話を重ねていく有栖。

 カレーの材料が大量に詰められているスーパーの袋を広げながら、彼女は澪へとこう続ける。


「れ、零くん、最近ずっと作業しっぱなしだから、きちんとご飯食べてるか心配で……ま、前に、倒れたことがあって、余計にそう思っちゃったんで、それで……」


「手料理を持って、様子を見に行こうとしてたんだ? なら、あたしと似たようなもんか」


「ふぇ……?」


 困惑する有栖へと、澪が手にしているビニール袋を見せつける。

 複数種のエナジードリンクがぎっちり詰め込まれたそれを目にして有栖が小さく息を飲む中、澪は照れくさそうに笑いながらこう言った。


「実はさ、あたしの友達も今、零くんのところで泊まり込みで作業してるんだよね。オーバーワークが体に染みついてる人だから、心配でさ……こうして差し入れを持って、様子を見に来たってわけ」


「そ、そうだったんですね……」


「うん! ……でも、有栖ちゃんの方が立派だな。手料理を振る舞おうだなんて、素敵な通い妻じゃない!」


「か、通い妻だなんて、そんなんじゃありませんよぅ……! 料理だって苦手ですし、上手く作れるか不安ですし……」


「そうなの? じゃあ、あたしにも手伝わせてよ! こう見えてあたし、料理得意だからさ!」


 不安気な有栖の言葉に首を傾げつつ、笑みを浮かべた澪が胸を張って手伝いを提案する。

 身長は自分とそう変わらないはずなのに、胸の大きさには随分と差があるなと揺れる澪の二つのたわわを目にした有栖が思う中、そこではっとした彼女が照れくさそうに笑いながら自己紹介をしてきた。


「ごめん、自己紹介が遅れちゃったね。あたしは須藤澪、一期生の左右田紗理奈の魂やってま~す! 尻軽のサソリナっていえばわかるかな?」


「あ、ど、どうも、はじめまして……! よ、よろしくお願いします……!!」


「……あ、ああっ、そっか! ごめん、そうだったね! 有栖ちゃん、女の人が苦手なんだよね!? ごめん! 聞いてたのにうっかりしてて、馴れ馴れしくしちゃった! 本当にごめんなさい!」


「ききき、気にしないでください! 大丈夫、平気です……!」


 自己紹介の後でようやく有栖が女性恐怖症を患っていることを思い出した澪が大慌てで謝罪する。

 そんな澪の申し訳なさそうな様子に胸を痛めた有栖は、彼女の罪悪感を薄めるために一生懸命に強がり、マッスルポーズをしてみせた。


「れ、零くんや二期生のみんなのお陰で、少しずつ女性への苦手意識も薄れていってるんで……ほ、本当に平気です、はい」


「……優しいね、有栖ちゃんは。最近、色んな人たちに優しくされまくってるから、心に染みるや」


 有栖の気遣いをありがたく思いつつも、同時に後輩に気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う澪が力なく笑う。

 しかし、こんな凹んだ姿を見せていては彼女を困らせるだけだと、気合を入れ直した澪は自分を奮い立たせ、無邪気な笑みを装うと有栖へと言った。


「行くんだよね、零くんのお家。なら、一緒に行こっか!」


「は、はいっ!!」


 唐突な出会いであったが、目的はほぼ一緒だ。

 澪の誘いに対して緊張から大声で返事をした有栖は、彼女と一緒に零の家に向かって歩いていく。


 お互いに何も言葉を発しない気まずい時間を過ごし、一分そこそこかけて零の部屋の前までやって来た彼女たちは、呼び鈴を押して中の男性陣へと来客を告げる。

 ピンポーン、というおなじみの呼び出し音が響いた後、ややあって顔を出したのは、その家の主である零ではなく、彼の家に泊まり込んでいる客の方であった。

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