こんな配信が、したかったのかも

「すいません。いくつか素材ができあがったんで、確認してもらってもいいですか?」


「はいはい、すぐ行きます! 緑縞さんと冬樹さん、申し訳ないんですけどちょっと待っててくださいね」


「すぐ戻るから、それまでよろしく!」


 呼ばれるや否や、イラストたちを別サーバーへと移動していく枢と紗理奈。

 裏方組が集まっている通話チャンネルに参加した二人は、そこで同じく作業を行っていたライルと合流すると完成したイラストのラフを確認をし始める。


「どうかな? 演者さんの雰囲気も残しつつ、キャラに組み込んでみたんだけど……」


「滅茶苦茶いいです! 本気ですごい!!」


 仕上がったラフ画たちを一目見ただけで、その内容の素晴らしさを感じ取った枢が歓喜の声を上げる。

 彼と共に脚本を作ったライルの手助けもあったのだろうが、それにしたって自分の想像を遥かに超えた出来のイラストたちには、枢も興奮を隠せないようだ。


「デザインをほぼ一から作り上げた上で、役者さんと融合させるだなんて……本当にすごいですよ、皆さん!」


「そう言ってもらえて安心したよ。マリ姉さんの顔に泥を塗らずにすんだね」


 イラスト制作を担当していた【反省厨】の言葉を耳にしながら、次々とアップされていくラフ画を見ていく枢。

 一枚、また一枚とその絵を見ていく度に、彼の胸は大きく高鳴っていた。


 主役である穂香と騎士役であるつららのイラストはもちろん、脇を固める面々のデザインも一切手が抜かれていない。

 芽衣が演じる妖精は彼女のかわいらしさと幻想的な雰囲気を上手く組み合わせてあるし、愛鈴とルピアにとってのはまり役であるいじわるな姫たちのデザインもまた、彼女たちの要素をふんだんに組み込みながらも王族としてのオーラを放つ出来だ。


 無口と方言という二面性を持つスイが担当する鏡の魔女はダークモードと陽気モードの二キャラ分のデザインが上がっているし、たらばを男性化したキャラも違和感をまるで覚えさせない仕上がりになっていた。


「この短期間でここまでのキャラクターデザインを完成させるなんて……本当にすごいよ、みんな!」


「全員で協力してやってますからね。腕自慢が揃ってますし、あの柳生しゃぼん先生も参加してくれてるお陰で超ハイペースで作業できてるんです!」


「いや、あの人に期待しない方がいいですよ。大事なところでポカやって裏切られるんで」


 クリスマスや年末に向けての作業で詰まっているスケジュールの間を縫って手を貸してくれている義母に感謝しつつも、経験による信頼のなさからくるツッコミを入れた枢の発言に全員が大声で笑う。


 脚本を手掛けた彼とライル、そしてリーダーである紗理奈の許可を得た裏方組はここからラフを本デザインへと清書する作業に取り掛かるようだ。

 この時点でも十分なクオリティを誇るこの絵たちが、更に完成度を上げてくるのかと……そのことに期待を抱いた枢へと、【反省厨】のメンバーの一人が話しかけてくる。


「あの、蛇道さん。こういうことを言うのは不謹慎かもしれないんですけど……俺、この企画に参加できてよかったです。発足の理由はあれですけど、俺たちみたいな爪弾き者が大手の皆さんと絡める機会なんて、そうそうないですから……こうして受け入れてもらえて、感謝してます」


「感謝するのはこっちの方ですって! こういう事態だからこそ、【反省厨】の皆さんが頼りになるっていうか……イラストとキャラデザの部分でも力になってもらってますし、参加してくれてよかったです」


「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです……いつか、マリ姉さんにも直接言ってあげてください」


 そう言い残して、作業を行う仲間たちに合流した男性の言葉を受けた枢が、ここまでのことを振り返っていく。


 Vtuberとしての活動の中で出会ってきた人たちと共に大きなことをやり遂げる、それは言葉にすれば単純で簡単なことのように思えるが、実際に体験してみると色んなことがわかる。

 一人ではできなかったことが複数人ならできるし、その輪が広がればできることはもっと増えていく。


 たった一人で始まったVtuber生活が、今や事務所の垣根を超えてここまでの仲間たちを集めるに至った。

 自分がその中心にいるということを改めて実感した枢は、ぼそりと心の中の想いを言葉として呟く。


「こういうの、悪くねえな……」


 誰かに必要とされ、その存在を認められる。

 その喜びを実感すると共にこの劇団が自分の居場所であると強く感じた枢は、口元に小さな笑みを浮かべた。


 Vtuber界隈のクリーンさをアピールするための企画、自分自身の夢を叶えることに繋がっている現状に苦笑した彼は、これじゃあ【反省厨】の彼と同じく不謹慎なことを考えている奴じゃあないかと笑みを強める。

 そうした後、自分のやりたいことをやっているのならばもっと頑張ろうと、改めて気合を入れ直して、自身の作業へと没頭していくのであった。

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