数日後、合同練習を見ながら

 それから数日後、コラボメンバーは集まって合同練習を行っていた。

 メインとなるキャストたちの役も決まり、本格的な演技の練習を開始した一同は、各々がアドバイスをし合ってその質を高めようとしている。


 主役となる姫には高い演技力を持ち、しかも今、炎上中という穂香を起用。相手役の王子には助言通りに王子様気質のつららを当てることにした。

 これは純粋に各人の個性と技術による決定ではなく、流れの上で恋人のような絡みがある役を女性同士で行うことで、新たな火種の噴出を避ける意味もある。


 炎上を鎮火させるための企画で、更なる炎上の要因を生み出したら本末転倒だからな……とは思いつつも、そうしたキャスティングとは関係なしに高い演技力を見せる二人の姿を見た枢は、彼女らにメインキャストを任せた自分たちの判断は間違いではなかったと確信していた。


「……もう、この国に残ることはできない。私は姫の地位を捨て、一人の人間として生きていきます」


「ならば私もあなたについて行こう。あなたが姫でなくなったとしても、騎士としてあなたを守るのが私の役目だ」


 今、クライマックスのパートを練習している穂香とつららの姿は、枢が頭の中で思い描いていた姫と騎士の姿とほとんど変わりがない。

 気弱だが芯の強い姫と、そんな姫を支える誠実な騎士という役を見事に演じている二人の様子に感嘆の息を漏らした零は、自分と同じく二人のことを見守っていた紗理奈の声にはっとした。


「うん、いい感じだね。あとは配信の雰囲気を見て、演技を微調整していこうか」


「結構難しいわね……弱くて強い女の子を表現するのって大変だわ」


「蛇道監督! 我々の演技に不満はないだろうか? 私たちは君の思い描いた登場人物たちの姿になれているかい?」


「完璧っすよ。上手く言葉にできないっすけど、ぴったり当てはまってる感じがすごいと思います」


 穂香もつららも、普段の彼女たちとは全く違った役になりきっている。

 演技が終わった後、自分が知る彼女たちに戻った二人の姿に若干面食らいながら、枢は素直にその演技を賞賛した。


 役にしっかりと自分の姿を変えながらも自分らしさも失っていない彼女たちを見ると、演技に慣れているというのはこういうことなのかとなんとなくではあるが理解できる。

 中の人が愛鈴のように声優や女優の卵なのか、それともVtuberとしての活動の中で磨いていった技術の賜物なのかはわからないが、彼女たちのすごさをはっきりと感じる枢へと、紗理奈が言う。


「気になることがあったら、遠慮せずに言ってね。枢くんの意見が劇のクオリティを上げることに繋がると思うしさ」


「いや、演技初心者の俺の意見なんて、役に立たないですって」


「脚本を書いたのは枢くんでしょ? なら、登場人物たちの正解の姿っていうのは、あなたの頭の中にしか存在していない。それをみんなに伝えて、役と演者の姿を擦り合わせていくのも演劇の大事な部分だよ」


「な、なるほど……」


 演技をする前の情報というか、キャラクターの理解を深めるという部分については脚本を手掛けた枢しか正解を知る者はいない。

 穂香たちの演技を見て、この人物はこんな行動をする、しないといった部分やもっとこうしてほしいという部分を伝えるのは彼の役目だと、そう告げる紗理奈の言葉に恐縮する枢。


「そんなに気負う必要なんてないから、楽しくいきましょう。枢くんはナレーターも担当するから、大変でしょうしね」


「この声劇は真剣なものだが、楽しむべきものでもある。蛇道監督には、自分が手掛けた脚本が演技という形になることを純粋に楽しんでもらいたいね」


「うっす。ありがとうございます」


 すかさずフォローを入れてくれた穂香とつららへと、PCの前でペコペコと頭を下げながら枢が感謝を述べる。

 大規模コラボの中で今まで知ることのできなかった友人たちのことをより深く知ることができるのもいいことだなと、彼がそんなことを考える中、別サーバーで作業をしていた裏方班が通話に割り込んできた。


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