裏で、男子二人

「え~っと……いじわるな姫A、Bは愛鈴と夕張さんで決定っと。主役と相手役は何人か候補がいるから、困っちまうな……」


「根を詰め過ぎだよ。少し休憩した方がいい」


「いや~、でも厳しいっすよ。誰がどの役をやるのかを決めないと、練習に取り掛かれないじゃないですか」


 顔合わせと台本共有の会が終わった後、零は優人と共にキャスティングに頭を悩ませていた。

 うんうんと唸りながらそれぞれに最適な役を当てはめていく零は、休憩を提案する優人に対してこう述べる。


「思った以上の人数が集まってくれたのは嬉しいんですけど、そうなると全員に十分な出番を与えたくなっちゃうんですよね。それと脚本のクオリティを両立するのって、やっぱ難しいです」


「声劇に慣れた者から初めて演技に挑戦する者まで、幅広く集まったからね。全員に均等に出番を与えるのは無理な話だよ」


 苦笑しつつ、零の悩みに対する答えを口にする優人。

 彼の言っていることは正しいと理解しながらも、心が納得してくれないなと思いながら天井を見上げた零は、脚本を担当して初めてわかった苦悩を語っていく。


「物語を考えるだけでも大変なのに、演者の個性とか適正とかも考えなくちゃならないんだから本当に頭を使いますよね。そういう部分を把握してる身内ばっかり大事な役で使うと贔屓だって叩かれそうですし、思っていた以上に難しいなあ……」


「そうだね。一人で語るだけのボイス脚本と違って、複数名が参加する劇の台本は考えることが沢山ある。だけど、それが実際に演劇として形になったところを見ると、感動すると思うよ」


 初めての経験に苦戦しながらも、一生懸命に脚本作りに取り組む弟分の姿に笑みをこぼしながら、優人がしみじみとそう答える。

 そうした後で共有している台本を眺めた彼は、改めて零へと様々な提案をしていった。


「主役である姫は女性にするしかないだろうが、相手役である騎士は別に男性である必要はない。花咲さんや冬樹さんのような男性的な演技ができそうな女性に任せても大丈夫だと思うよ」


「なるほど……じゃあ、出番に関してはどうすればいいですかね?」


じゃなくてで考えればいい。シンデレラでいう魔法使いみたいに、出番自体はそう多くないが物語の転換を任せるような印象に残る役を任せた方が演技初心者でも対応しやすいだろうし、自分の味を出しやすくなるだろう?」


「は~、そうかあ……! そういう方法もあるか……!! やっぱ狩栖さんはすごいっすね。俺なんかじゃ思い付かない意見をバンバン出してくれる」


「僕なんて大したことないよ。まだまだ、本職の方々に比べたらアマチュアもいいところさ。ただ経験したことから意見を出しているに過ぎないからね」


「でも、そういうことを教えてもらえるのは嬉しいっすよ。自分の世界が広がっていくっていうか、新しい発見があるっていうか……大変なこともあるけど、楽しいことも山ほどあって、充実してます」


 未知の領域に挑むことで発見できた楽しさを噛み締めながら、自身の知らないことを一つ、また一つと学んでいくことを喜ぶ零が自身の心境を言葉として発する。

 彼はそのまま優人へと、確かめるようにこんな質問を投げかけた。


「この一回だけで止めにするのはもったいない気がするんで、また色々と教えてもらっていいですか? 誕生日とか、クリスマスとか、他のイベントとか……そういう時に出すボイスの原稿も自分で考えてみたいですし、挑戦してみたいんで」


「……ああ。まあ、すぐには無理だろうけど、色々と落ち着いたらできる限りのことは教えるよ。僕なんかで良ければ、だけどさ」


「いいに決まってるじゃないっすか! 約束っすよ~? 後でやっぱなしとか、言わせないですからね!?」


「反故になんかしないさ。澪もそうだけど、君たちはどうして僕と約束したがるんだい?」


 少し前に彼の先輩とも同じような話をしたぞと、同じ事務所に所属している二人と間を置かずに似た会話をしたことに苦笑を浮かべる優人。

 PCの画面から目を逸らし、何度か頷いた彼は、再び視線を戻すと零へと言う。


「阿久津くんも休むつもりはなさそうだし、このまま一気に作業を進めてしまおうか。乗っている時にできる限りやる、これが仕事を終わらせる大事なコツさ」


「おっ! また一ついいこと教わりました! んじゃ、先輩のアドバイスに従って、頑張っちゃいますかね!」


 陽気に宣言しつつ、再び作業へと取り掛かり始めた零が参加メンバーの名簿を見ながら脚本を修正し、調節を重ねていく。

 そんな彼の姿を想像して笑みを浮かべた優人は、難題に挑む弟分を優しく見守り続けるのであった。

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