二人きり、姫と騎士

(枢くん……いや、彼だけじゃない。ここに集まってくれた全員に、とんでもない迷惑をかけてしまっているな)


 これだけの大型コラボ、しかも声劇という練習が必要な企画の配信の準備期間がどうして短いのか、その理由は他の誰でもないライルが一番理解していた。

 枢は、界隈だけでなく自分たちをも救おうとしているのだ。


 騒動の元凶となった【トランプキングダム】は崩壊寸前の状態だが、その中にもライルのような悪事に加担していない者もいる。

 彼らを救うために、少しでも早く事務所の信頼を取り戻して体制を立て直させようと、枢はそう考えているのだろう。


 大急ぎで頑張れば、声劇コラボを成功させれば、まだライルたちを助けられるかもしれない。

 今まで通りは無理かもしれないが、虫の息の事務所をどうにか蘇生させて、Vtuberとしての活動を続けることはできるかもしれないと……僅かな希望を信じて、彼は戦おうとしてくれているのだ。


 そして、それは彼の呼びかけに応じたメンバーも同じなのだろう。

 少しでも早くVtuber界隈の信頼を取り戻したい気持ちもあるのだろうが、それでも短い準備期間に文句を言わず、全力を尽くしてくれる彼らには本当に感謝している。


 迷惑をかけてしまっている、負担になっている……そんな考えを振り払えるほど、自分は図太い性格はしていない。

 されども、それを負い目に感じて消極的な活動しかできずにいたら、それこそ集まってくれた全員に失礼というものだ。


 後輩たちのことも考えると、自分が率先して他の事務所や個人勢の面々と絡んでいかなければならないだろう。

 枢と紗理奈を支え、声劇のクオリティを向上させると共に円滑な劇団の運営をサポートして……とライルが段取りを考える中、別の通話チャンネルから紗理奈が招待を送ってきた。


 それに気が付き、彼女が待つチャンネルへと飛んだライルへと、左右田紗理奈ではなく須藤澪になった彼女が語り掛ける。


「すごいね。本当、すごいや。こんなに沢山の人たちが、あたしたちのために集まってくれたんだって、まだちょっと信じられないよ」


「……僕もだよ。僕たち【トランプキングダム】のせいで迷惑をかけたっていうのに、ここまでしてもらえるだなんて……阿久津くんには、いくら感謝をしてもし足りないな」


 澪に合わせ、ライルから素の自分へと戻った優人が感嘆の吐息を漏らしながら言う。

 同時に、彼女がまだ過去の出来事を引き摺っていることを理解した優人は、炎上の話題から逃げるようにこんな話をし始める。


「……望んだ形ではないかもしれないけど、Vtuberの劇団を作るという君の夢は叶ったといえるだろう。まあ、一回きりのチームだし、これで何も思い残すことはないって思われても困るんだけどさ」


「えへへ、そうだね。そういう意味でも零くんには感謝しないとな~……! ねえ、あたしがお詫びと感謝の意味を込めて零くんとデートするって言ったら、ゆーくんは嫉妬する?」


「馬鹿なこと言ってないで、真面目にリーダーとしてみんなをまとめなさい。今はそのことに集中しなきゃだめでしょうが」


「は~い……ちぇ~、ゆーくんは冗談が通じないな~! もっと頭を柔らかくしなきゃだめだよ~! あたしのおっぱいとかお尻くらいの柔らかさを目指さなきゃ~!」


「……で、どのくらい柔らかいかを確かめるためにちょっと触ってみなよ、って言うんでしょ? 君の行動パターンはわかってる」 


「正解! いや~、ゆーくんってばあたしのことをよく理解してるね~! やっぱりあたしのことが大好きなのかな?」


 お決まりのやり取りを鼻で笑うことで締めた優人が、じっとPCの画面を見つめる。

 彼の反応からおふざけは終わりだと判断した澪もまた、深呼吸をした後で仲間たちが会議をしているチャンネルへと戻っていく。


「……ねえ、ゆーくん。あたしね、もう一つ夢があったんだ。Vtuberの劇団を作ることと、もう一つ……ゆーくんが書いた脚本で、劇を行うこと。どっちも完全ではないけどさ、今回の企画でどっちも叶っちゃったね! やったぜ!!」


 退出する寸前、澪は不意にそんなことを優人へと言ってきた。

 その言葉に小さく笑みを浮かべる彼に向け、澪はこう続ける。


「……これが終わりじゃあないよね? これから先、何度でも……同じこと、できるよね? 今度はもっともっと面白い脚本を書いて、すごい劇をやって……これからも、そんなふうにいられるよね?」


 最初で最後にはならないと、これからも同じことを何度でもやれるのだと、確証を求めて優人へと質問を投げかける澪。

 縋るようなその声を耳にした優人は、僅かに間を空けると……息を吸ってから、明るい口調でこう答えた。


「……ああ、もちろんだよ。これで終わりになんてならない。ずっと、ずっと……君と僕の夢は、続いていくさ」


「うん、そうだよね! よっしゃ~! 気合入ってきたぞ~っ!! うお~っ!」


 優人の答えに安堵した澪が、深刻な雰囲気を作ってしまったことへの気恥ずかしさをごまかすようにおどけながらチャンネルを退出する。

 そんな彼女に続いて優人もまた仲間たちの下へと戻り、声劇を成功させるための話し合いに臨んでいくのであった。


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