激震する、世界
「『大手Vtuber事務所、トランプキングダムの闇! 界隈に蔓延する枕営業の全て!!』……なんだよ、これ!?」
「ついさっき公開されたインターネット記事です! 中身を確認したんですけど、とんでもないことが書かれてて――!!」
赤々とした文字で書かれた、大きな記事の見出し。
そこにあったのは今の今まで零たちが話をしていた問題の事務所、【トランプキングダム】の名前だ。
そして、そこに続いて記されていた枕営業の文字を目にした瞬間、この場にいた全員がその記事の内容を想像し、戦慄する。
驚愕に言葉を失っている面々の前でタブレットを持ってきたスタッフがその記事を表示してみせれば、零たちの予想に違わぬ恐ろしい文章が画面に映し出される。
その記事には、【トランプキングダム】の人気タレントであるアレキサンダー・ロッドとセザール・カラットがしてきた犯罪紛いの行動が事細かに記されていた。
時に後輩を利用し、繋がりを得たVtuberの伝手を使って、目当ての女性と肉体関係を結ぶために枕営業を持ち掛けるといった行為に関する情報ばかりか、二人の魂である葉介と大也の名前までもが公開されていたのである。
しかも、過去にも女性関係で問題を起こしていた葉介はその悪事までもを掘り返されており、更には未成年にも酒を飲ませていたという情報まで載せられているその記事を読んだ一同の顔色は、見る見るうちに蒼白に染まっていった。
「事務所全体での枕営業? 他の事務所のタレントも協力してた? なんだよこれ? 本当のことなのかよ!?」
「あの三人や、剣山さんだけじゃなかったの……? トラキンのみんなが、昨日みたいなことに手を貸して……!?」
「み、見て! 枕営業に加担していたメンバーの名前は既に控えてあるって! それを今夜、配信で暴露するって書いてある!」
記事を読めば読むほどに、信じられない情報が次々と飛び出してくる。
そして、昨晩の事件を目の当たりにしていた零たちは、それが完全なるデマではないということが確信できてしまっていた。
間違いない、【トランプキングダム】は事務所ぐるみで卑劣な行為に手を染めていたのだ。
代表の剣山が二年前に澪に迫ったように、各スートのキングたちは自身の立場を利用して、甘い汁をすすり続けていたのだろう。
彼らの後輩である恋がそうであったように、他の後輩たちも彼らに手を貸し、目当ての女性を献上していった。
その悪事が今、白日の下に晒されようとしているのである。
「すまん! 私は今からサンユーデパートの担当者と話をしてくる! お前たちは今回のコラボに参加した各事務所に連絡を取って、状況を確認してくれ!」
そんな中、血相を変えた薫子は即座に動きを見せ始めた。
部下に指示を出すと共に今回の暴露で最も影響が出るであろうサンユーデパートとの話し合いに動こうとする彼女に、顔を青ざめさせた澪が声をかける。
「か、薫子さん、あ、あたし、あたし……」
「……すまない、澪。状況は途轍もなく悪い方向に動いている。もう私たちが抗議するとか警察に通報するだなんてレベルじゃあない。この問題は、Vtuber界隈全体を揺るがす大スキャンダルだ。正直に言って、【トランプキングダム】はもう、お終いだよ」
「あ……!?」
――薫子の、その言葉が全てだった。
人気事務所である【トランプキングダム】が率先して枕営業を持ち掛け、更にそれに乗る形で多数のタレントが事務所の垣根を超えて同調していたとしたら、それはとんでもないスキャンダルとなる。
清楚売りをしているタレントも、仲のいい異性とカップル営業をしているタレントも、裏の顔を暴露されたらそれまでのイメージに傷がつくどころか、引退しなければならないほどのダメージを受けるだろう。
そして、その被害が及ぶのは葉介たちに同調したタレントたちだけではない。
そうでない、全く関係のないVtuberたちにも、これからはファンたちからの疑いの眼差しが向けられ続けることになる。
もしかしたらこいつは表では清純ぶっているが、裏ではトラキンのようにだらしない異性関係をしているのではないか?
一事が万事という言葉もあるように、一つでもそういった事案があれば界隈全体が疑われるというのは世の常だ。
人気事務所である【トランプキングダム】の一大スキャンダルは、文字通りVtuber全体に被害をもたらすとんでもない事件となって界隈に襲い掛かっていた。
「ああ、あ……っ!?」
「須藤先輩! しっかり!!」
がくりと、その場に崩れ落ちた澪がその全てを理解すると共に絶望的な呻きを漏らす。
自分のことを心配する零たちの存在など、声など、全く感知できていないといった様子の彼女は、呆然とした表情を浮かべながら絞り出すような声で呟く。
「あたしのせいだ……あたしがあの時、勇気を出してさえいれば……」
それは彼女が二年間ずっと抱えてきた後悔。
大切な人に全ての重荷を背負わせ続けてしまった、勇気を出せなかった自分自身への呪いの感情。
その後悔が巡り巡って最悪のタイミングで爆発してしまったことに絶望した澪が、わなわなと唇を震わせながら謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、ごめんなさい……あたしがゆーくんに全てを背負わせたりなんかしなければ、こんなことにはならなかったのに……」
二年前、自分が事務所を潰してしまうという恐怖に怯え、全てを告発しなかったせいで【トランプキングダム】は悪しき方向に増長してしまった。
あの時にもし、自分が証拠を提出して一聖を訴えていたら……こんなことにはならなかったはずだ。
自分に勇気がなかったから、なあなあの終わり方でどうにかしたかったから、優人に全ての重荷を背負わせてしまったから……こんなことが起きた。
不穏の芽を摘むことができたはずの自分がそれを躊躇ってしまったせいで起きた界隈全体を巻き込む大事件に直面した澪が、謝罪の言葉を繰り返しながら泣き叫ぶ。
「あたしのせいだ。あたしの、あたしが、ちゃんと自分の責任を果たしてさえいれば、そうすれば……あ、ああ、ああああああああっ!!」
零や薫子の言葉も、今の澪の耳には届かない。
ただただ自分を責め続ける彼女の慟哭が、部屋の中に響き続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます