一方、トランプキングダムでは……

「待ってくれよ! そんなつもりじゃなかったんだ! 話を聞いてくれって! 頼むよ、なあ!?」


 ――警察に連れて行かれようとしている葉介の喚く声が聞こえる。彼と同じく、連行されている大也のすすり泣く声もだ。

 数枚の壁を隔てた先からは鳴り止まない電話の音と、それに対応するスタッフの声が聞こえてくる。


 どうしてこうなってしまったんだろう……古屋恋は目の前の現実を受け入れられないまま、呆然と立ち尽くしながらそんなことを考えていた。

 なにがどうしてこんな結果に繋がってしまったのだと、そう思いながら彼女は過去を追想していく。


 きっかけは、個人的に付き合いのある同業者Vtuberに先輩を紹介してくれと頼まれたことだった。

 黒羽葉介ことアレキサンダー・ロッドの大ファンであると言っていた彼女は、同じ事務所の後輩である恋に彼との仲介役を頼んできたのだ。


 恋は戸惑いながらもその頼みを聞き、葉介と彼女を引き合わせた。

 その後、二人がどうなったかはわからないが、恋は双方に感謝されたし、葉介からはお礼として彼の人脈を紹介してもらえた。


 別に誰が困るわけでも、迷惑を被ったわけでもない。それが、恋が最初にした仲介役の結果だった。

 むしろ全員が喜んで、しかも恋自身も感謝された上に仕事で役立つ人脈を紹介してもらえたのだから、いいことづくめ以外の何物でもなかっただろう。


 ……おかしくなっていったのはその後、同期たちからそのことを嗅ぎつけられた時からだ。

 別に悪いことをしたとは思っていなかったのだが、なんとなく後ろめたいものがあった恋に対して、どこからかその情報を聞きつけた同期たちは笑顔でこう言った。


「別におかしなはなしじゃあないよ。俺たちだってやってるし」


 Vtuber同士を引き合わせることなんて、同業者なら誰だってやっている。

 葉介たちと会いたいと言っている奴は【トランプキングダム】の看板タレントである彼らとのコネを求めているわけだし、逆に葉介たちも面白いと思ったVtuberと話をしてみたいと思うことだってあるだろう。

 双方と知り合いである自分たちがその仲介をしたとして何が問題なのだと、友人同士を引き合わせることくらい、誰だってやっていると、同期たちは言っていた。


 むしろここで葉介たちの機嫌を取ることこそが、自分たちが成功する近道だと……そう語る同期たちの言葉に、最初は違和感を覚えていたことは確かだ。

 だが、回数を重ねるごとにその感覚は麻痺していった。彼らが言うように、別におかしなことをしているわけではないと思うようになってしまった。


 引き合わせたのは同業者たちだけではない。あのダイニングバーに【トランプキングダム】のメンバーが通っていると知ったファンたちとの仲介役を担ったこともある。

 その中には未成年ではないかと思わせる容姿の女性もいたが、恋はそのことについて考えるのを放棄した。


 彼女らを葉介と大也に紹介すれば二人は喜ぶ、女性たちも憧れの人に会えて喜ぶ、恋自身も仕事を回してもらえて嬉しい、誰も損をしていないのだから、それでいいではないか。

 同期たちも、先輩だってやっていることなのだから何も問題はないと……そう言い聞かせ続けて、恋は仲介役を担い続けた。


 そして気が付いた時……彼女は、後戻りできないところまで来てしまっていた。

 葉介たちが興味を持ったVtuberに近付いて、親交を持ち、適当なところでオフで会い、偶然を装って彼らと引き合わせる。

 枕営業を持ちかける手助けを、犯罪の片棒を、彼女は担ぐようになっていたのだ。


 もう、何を言っても言い訳にしかならないだろう。実際にそれはその通りで、恋に弁明の余地なんてものがあるはずもない。

 事務所に所属しているタレントの大半がそういった犯罪まがいの行いに手を染め続けた結果が、この有様だ。


 次から次へと女をとっかえひっかえしていれば、その中に葉介たちへの恨みを募らせる者だって現れる。

 未成年に酒を飲ませたり、手を出したりといった致命的な傷だって、探ればすぐに出てくる。


 【トランプキングダム】内の惨状をリークしたのはクラブのクイーン……葉介の相方となる女性だった。

 最初は彼の女として甘い汁をすすっていた彼女も段々と雑になる自分への扱いに腹を立て、更に葉介の炎上によって被害を受けたことで復讐を決めたらしい。


 事務所内外から仲間を集め、被害者たちを救うためという大義名分を得て、全ての情報を暴露系の配信者に送りつけた。

 あとはもうご覧の有様というやつで、【トランプキングダム】は壊滅的な打撃を受けてしまったというわけである。


 看板タレントである葉介と大也は女性たちが被害届を出したことで逮捕された。

 実刑を受けるかどうかはわからないが有罪は免れないだろうし、彼らに協力していた恋をはじめとする面々もただでは済まない。


 彼らの悪事を暴露したメンバーもまた、会社の情報を部外者に明かしたということで解雇されるだろう。

 元より彼女たちもこの事務所に残るつもりなどなく、最後の最後に爆弾を投下して引退してやったという形だ。


 そして、代表である一聖は逃げた。

 どこからかこういった記事が出ることをリークしていたであろう彼は姿をくらまして、連絡が取れないままだ。


 看板タレントを含む大勢の演者、代表、界隈からの信頼……【トランプキングダム】は全てを一夜にして失ってしまった。

 スタッフの中には発狂している者もいるし、今回の件に関与していないタレントたちもメンタルが不安定になっている。


 こんなはずじゃなかった。こんなことになるだなんて思ってもみなかった。こんな大騒動を起こすつもりなんかなかった。

 そうやって、現実逃避を続けていた恋の思考を引き戻したのは、この事件で最大のショックを受けていたであろう、優人の言葉だった。

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