その頃、ダイニングバー・ロイヤルストレートフラッシュでは……

「喜屋武ちゃん、どうしたの~? もっと遠慮せず飲んで、食べてよ!」


「お代に関しては気にしないでいいからさ! ここは僕たちが持つから、もっと弾けちゃって!!」


「あ、あはははは……! ありがとうございます。でも、そこまでお腹減ってるわけでもないんで……」


 ――同時刻、ダイニングバー・ロイヤルストレートフラッシュ。

 店の最奥にある個室では、四名の男女が食事をしながら騒いでいる。


 ただ、騒いでいるといっても盛り上がっているのは男性陣だけで、女性陣の方はやや引き気味というか、彼らに警戒心を持って隙を見せないようにしているようだ。

 その内の一人である沙織は、無理に料理と酒を勧めてくる男性陣……黒羽葉介と小森大也の二人をやんわりと躱しつつ、対面側の席に座る人物を見やる。


 気まずそうな表情を浮かべているのは、つい先日出会ったばかりの古屋恋だ。

 視線でごめんと謝罪の意思を伝えてくる彼女に同じく視線で応えた沙織は、心の中で小さくため息を吐きながらこうなるまでのことを振り返る。


 今日は元々、恋と一緒にこの店で食事をする予定だった。

 彼女から誘いを受けた沙織は喜んでその誘いを受け、こうして二人で遊びに来たわけである。


 店に入って、軽くお酒を飲みながら料理を楽しんで……そうやって、三十分ほどの時間が経ったころだっただろうか。

 唐突に使っていた個室のドアが開き、そこから見ず知らずの男性二人組が入ってきたのは。


「あれ~、恋じゃ~ん! うわ、奇遇だな~!」


「恋ちゃんもここでご飯食べてたんだね~? 偶然、偶然!」


 一目でわかるくらいにわざとらしい演技をしながら、当然のように同席してきた男性に沙織が警戒心を抱かないわけがなかった。

 ただ、彼らが【トランプキングダム】の……恋の先輩ということがわかったため、無下に扱うこともできなくなってしまったのである。


 この店が【トランプキングダム】メンバーの行きつけの店であることは知っていたが、まさかこんな形で出くわすことになった上に距離を縮めようとしてくるなんて……と、予想外というより、常識外れな先輩たちの行動には流石の沙織も驚きを禁じ得ないでいた。

 帰ろうにも上手く妨害され、店を出る機会を見つけ出せないでいた彼女は、苦肉の策として零に連絡を取り、どうにかそのチャンスを作ってもらおうと考えながら、現在進行形でトラキンのキングたちのお相手の真っ最中というわけである。


「喜屋武ちゃん、すごくかわいいね~! Vtuberのモデルにも負けないくらい魅力的だよ~!!」


「ホント、ホント! バーチャルのアバターがそのまま現実に出てきたみたいでびっくりだよね!!」


「あははは、ありがとうございます。デザインを手掛けた人が聞いたら、喜ぶと思います」


 見え透いたお世辞に笑顔で感謝の言葉を返す沙織だが、決してそこで気を抜いたりはしない。

 というよりも、この二人からは何かよからぬことを考えているオーラがビンビンに発せられているから、気を抜くことなんてできはしないといった方が正しいだろう。


 派手な見た目の葉介も、無垢で小柄な男性を装っている大也も、その視線がセーターに包まれた自分の胸に向けられていることはわかっていた。

 割と普通に、女性側からすればそういった男からの不躾な視線というのはわかるものなんだよなと思いつつ、沙織はそういった相手からの欲望に気付いていないふりを続ける。


(十中八九、お持ち帰り目的ってやつだよね~……私、あんまりお酒強くないし、酔い潰されないように気を付けないとな~……)


 この二人の目的は自分を連れ帰ることで、もっというならばその後でお楽しみに興じることだというのは想像がつく。

 もしかしたら恋も彼らの標的になっているのかもしれないと思いつつ、やはり後輩の立場では先輩、それも事務所の顔になっている面々には強く出られないのだろうなと考えた沙織は、自分と先輩たちとの間で板挟みになっている彼女のことを不憫に思った。


 恋のことを思えば、一人だけで自分が逃げ出すわけにもいかない。

 どうにか二人でここを抜け出したいとは思うが、トイレにもついてこようとする男性陣の監視の目を掻い潜るのは容易ではないことだ。


 もしかしたら、店の従業員も彼らとグルなのかもしれないな……と思いつつ、自分の力だけでの脱出は困難だと判断した沙織は、援軍として呼んだ零の到着を待つことにした。

 上手いこと彼が機転を利かせてくれれば助かるのだがと思いながら、また面倒事に巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながら、沙織が水の入ったグラスへと手を伸ばそうとすると……。


「……ねえ、ちゃんってさあ、もっと大きな仕事とかしてみたくない?」


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