忍び寄る、欲望の手
するりと、自然な動きで、隣に座っていた葉介がいきなり親し気に名前を呼びながら腕を肩に回してきた。
一気に物理的な距離を縮めた彼は、沙織の胸を触れるか触れないかの位置に自身の指先を置きながら、彼女の顔を覗き込む。
流石にこの行動には不快感を抱いた沙織であったが、ここで無理に拒絶して相手を激高させてもマズいし、力づくで抑えにかかられたらどうしようもないと判断し、我慢をしながらやんわりと葉介を窘めにかかった。
「もう、だめですよ~! 当店、おさわりは禁止さ~! ちょ~っとお酒が入り過ぎてるみたいですね~!」
「まあちょっと聞いてよ。別に沙織ちゃんにとっても悪い話じゃあないと思うんだけどな~……!!」
そっと回された葉介の腕に手を添え、それを外そうとする沙織。
だがしかし、彼はそんな彼女の行動をまるで意に介さないように更に距離を詰めると、その耳元で囁く。
「俺、元は結構人気の歌い手でさあ、そこそこ顔も広いんだよね~……Vtuberになってからはそっち方面の人脈も増えたし、その気になれば人気箱のタレントとか紹介できるよ? イラストレーターとかMIX師みたいな活動に必要な人とかも斡旋できるし、仲良くなって損はしないと思うんだよね~!」
「そうそう! 俺たち、結構人気者だからさ~! ……事実、俺たちと仲良くしてる女の子たちからは感謝されてるんだよね。得したとか、バズったとかさ」
いつの間にか、大也の方も席から立って沙織の背後に立っていた。
彼女の肩を揉みながら、葉介とは逆方向から顔を近付けながら、彼もまた不躾に沙織との距離を詰めてくる。
「……すいません。私、そういうの興味ないんで。勧誘なら、別の人をあたってください」
「え~、そうなの? もったいないな~……!」
「沙織ちゃんが俺たちと仲良くしてくれれば、【CRE8】のみんなも助かるかもしれないよ? 本当に悪い話じゃあないと思うんだけどな……!!」
「結構です。そういうの、本当に興味ないので」
少し強めに言葉を吐き、自分の体に触れる男たちの手を振り払った沙織が笑顔のまま、はっきりと二人に告げる。
その態度に少しだけ面白くなさそうな表情を浮かべた葉介であったが、即座に貼り付けた笑顔を顔に浮かべると、気を取り直した様子で言った。
「そっか~、じゃあ、しょうがないね。でもまあ、気が変わったらすぐに教えてよ!!」
「楽しんでる最中に仕事の話をしちゃってごめんね~! ここからはまた、盛り上がっていこうか!」
手馴れているなと、沙織は思った。
仕事の話で相手を釣り、上手いこと同意を得て食いものにする……この二人はそういうあくどい真似をこれまで何度も行ってきたのだろう。
もしかしたら、今まで彼らに誘われた女性の中には、断り切れずにこの誘いに乗ってしまった者もいるのかもしれない。
あるいは、代償を承知で人気になるために彼らを利用しようとして、自分を差し出した女性もいるのかもしれないと……少なくとも、成功経験がなければこんな行為を続けるわけがないと、そう考えた沙織は向かい側に座って顔を伏せている恋を見やる。
彼女も被害者の一人だと考えていた沙織であったが、ここまでくると恋もあちら側の人間だと考えた方がよさそうだ。
葉介と大也が自分たちと出くわしたのも、偶然ではない。彼女が手引きした上で、こうなるように仕組まれていたのだろう。
つまりは、この部屋の中に沙織の味方は一人もいないということだ。
恋を気にしなくていいということはわかったが、ここで強引に逃げようとしても三対一の状況かつ、相手のホームグラウンドとでもいうべき店の中ではそれも難しい。
これはもう本当にマズいかもしれない。零が来てくれなければ……いや、彼が一人で来たところで、どうしようもない可能性が高い。
酔い潰される前に、どうにかしてこの場を脱出する方法を考えなければと考える沙織であったが、場を掌握しているのが【トランプキングダム】の面々である以上、その手段は存在していないように思えた。
「次、何飲む~? カクテルとかサワーとか、色んな種類のお酒があるよ~!」
「俺、ウォッカの飲み比べとかやってみたいな~!! 沙織ちゃんがどんだけ飲めるのか、見てみたいんだよね!!」
沙織を懐柔できないとわかった葉介たちも、彼女を酔い潰す方向に作戦をシフトしたようだ。
このままでは本当に彼らの望み通りの展開になってしまうと沙織が焦りを募らせたその時、勢いよく開いたドアの向こう側から、救いの神たちが姿を現す。
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